経験を最大化する年齢と資産―『DIE WITH ZERO』を読む(14)
はじめに
ビル・パーキンス著、児島修訳『DIE WITH ZERO』(ダイヤモンド社、2020年)を読む。タイトルには「人生が豊かになり過ぎる究極のルール」と添えられている。ズバリ、「お金」と「時間」をどう使うか、ということなのだが、一般に堅実とされる貯蓄中心の消極的な生き方にノーという姿勢が示される。
道徳的、倫理的な観点についてはどうだろうか。自己啓発書で典型的な「強い言葉」が、「キャッチーな言葉」といえるかもしれないが、多いような感じである。ただ、内容的には変な感じはしない。もっとも、本書の主張はあくまで一定の社会的・経済的基盤があることを前提としていると考えたほうがよさそうだ。格差や生計の観点では、内容を慎重に吟味する必要があるだろう。
本書は、ルール1~9の9つの章からなる。今回はルール8の途中「資産を減らすポイントは45~60歳」から読んでいく。
(ルール8)資産を減らすポイントは45~60歳
前回、老後に必要な資金を寿命までの生活費で算出したのであった。そして自由に使えるお金を、生涯の経験の価値を最大にするように、資産のピークの時期を設定するのだ。つまり、ある程度まで資産を貯めたら、そこからお金を経験に換えるようにして「ゼロで死ぬ」ということだ。
そのピークのタイミングはいつか。それは健康状態に関係する。その指標となるのが生物学的年齢だ。この生物学的年齢というのは、おそらく相当定義が難しいと思われる。著者もそこは飛ばしている。生物学的と言っても、人の間で相対的な要素もある。
例えば、50歳の人でも、「生物学的に見れば」40歳の人もいれば、60歳の人もいる。この言葉は直感的には解釈できるだろう。運動を続けて若返った、という実感を持つこともできる。しかし、同じ50歳の人たちで、皆がそれぞれ健康であったとしても、「身体の遺伝的な良さによって」生物学的な評価も変わるだろう。寿命ともかかわる。また20歳の人は、下限としては17、18歳くらいにしか「若返れ」ないだろうし、上はかなり上まで取り得る。そのような指標ということは分かった上での話である。
また、ここで問題にしているのは、資産をある程度貯められていて、十分に健康で活動的な年齢ということなので、中年から初老のレンジだろうということは、文脈から分かるというものだ。
50歳の人がいて、生物学的年齢が40歳であるとは、長生きでき、活動にも余裕があるということだ。そのため、ピークを人生の後半に持ってくることができる。つまり、ピークを60歳にしてもよいのだろう。
逆に、50歳の人で生物学的年齢が60歳であるならば、長生きできず、すでに体力が落ちてきているということだ。今後の生活費を判断したうえで、ピークを速めたほうがよいのだ。
健康年齢という考え方を念頭に置いておく必要はあるだろう。
そして、著者はスタッフとともに、健康状態、収入、歳入・運用立案などの条件を様々に検討して、資産の取り崩し方を試算し、グラフを得た。本書 p.277 のものだが、およそ次のようなものだ。

横軸は生物学的年齢ではない。このグラフを著者は解説していないが、筆者が解説してみるならば、おそらく若いうち(20、30代)には経験にお金を使うので、資産は増えにくい。しかし30代のうちに仕事に目覚め、40歳ころから資産は急増する。そして60歳には十分な資産を得ている。そこからは経験を重視し、ゼロで死ぬ、といったものだ。
もちろん図はかなりデフォルメされたものだし、現在75歳を寿命とする考え方は日本にはないだろう(平均寿命は男性81.09歳、女性87.13歳)。ただし、健康寿命という「自立して生活できる年齢」の考え方では、平均で男性73歳、女性75歳なので、真面目にグラフは見たほうがいいかもしれない。少なくとも、75歳まで、死ぬまで資産が増え続けるということが変だということだ。
人生を最適化するようにお金を使う場合、「大半の人は45~60歳」にピークに達すると著者は書いている。グラフでいうなら、もっと若くして十分な資産に達する人がけっこういるという見方をするのだろう。もしくは、思っているよりもお金は簡単には減らないということかもしれない。
再び、でも仕事が好きだから問題
著者の「ゼロで死ぬ」という主張は、人生において「経験」で得られる価値を最大化する、つまり人生を最大限充実したものにする、ということなのだ。そして、「経験」にはお金を使うことが必要だし、重要なのだ、という考え方なのだ。
だから、いくら仕事が好きでも、人生を振り返って、経験のためにお金を使うのだと、いうのだ。少なくとも、お金を貯めることを目的に仕事を続けるのは良くない、ということだ。
本書には、例として、TED(講演会を主宰する非営利団体)の特別会員になるといったことも挙げている。また自分でやりたいこと、それが仕事であっても、それにお金を使えばよいのだ。お金の誘惑に負けていることがいけない、というのだ。
あなたが考えているより、老後にはお金はかからない
一般的に支出は、高齢期の方が中年期よりも少なくなる。
老後では退職前の8割強の生活費が必要だとよく言われるが、タイムバケットに書き込んだ70代、80代のやりたいことで、それほどの費用がかかるのだろうか。一般には、活動量は少なくなるといえるだろう。
ルール3(本投稿の連載では(6))で見たように、実際にお金は使えておらず、溜まっていっているのだ。
もっと早い段階でお金を有効に活用することを計画すべきなのだ、という。
現実的には、40歳くらいからお金を使うことを意識して、50代で有効な出費を行う、といったことになるのだろう。
さあ、老後を待たずにお金を使い始めよう
著者は興味深いことを言っている。
「老後生活に関連するコマーシャルに、手をつないで美しいビーチを散歩するカップルや、・・・が描かれていることがある。だがこうした活動をリタイヤ生活の前にしたいと思っているのではなかろうか。」
その通りであって、リタイヤとその直後で、まるで定年退職日の前後でガラッとイメージを変えるようなものなのだが、現実的にそんなことはできないだろう。老後にそのように充実しているなら、若い頃から充実しているのだろうし、本当に仕事しかしていなかったら、それ以外のことを簡単にできるようになるわけもないだろう。
仕事はお金とリンクしているのだから、先にお金を使うことを考えて、「経験」を充実させようということなのだ。その行動の転換点となるのが「資産のピーク」なのだ。
著者は、資産を取り崩すタイミングで、やりたいことを見直すことも推奨している。中年になると何かと忙しく、自分の大好きであったことを忘れがちだ。そこで、いきなり仕事を辞めても、何をすればよいかわからなくなってしまう。また再び仕事をしたくなっても、それも難しいとなったなら、最悪の場合、メンタルにも来るだろう。
タイムバケットは良い工夫なのだ。やりたいことを書き出して、取り組んでいくことができるだろう。
年齢と資産について
年齢が進むと所有物を減らし、経験や智慧を重視するという考え方になるものだ。だからそもそも、人間性についての思想としては、あまり資産を大切にしてはいないのであった。
それは老化をポジティブに捉え、富への執着を捨てるということでもある。
"The years teach much, which the days never know."
(年月が教えることは、日々が知らない。年齢による智慧が資産以上の価値を示唆する。)
"Growing old is mandatory, but growing up is optional."
(年を取るのは必須だが、成長するのは人による。)
"Aging is the road that we take to discern our character. Fame and fortune can elude us, but character is immortal."
(老化は性格を識別するための道。名声と富は逃げうるが、性格は不滅。)
「穴賢穴賢。蔵の財よりも身の財すぐれたり。身の財より心の財第一なり。此の御文を御覧あらんよりは心の財をつませ給うべし。」
(倉庫の宝より身体の宝が価値があり、心の宝が最も価値がある。)
【人文・産業データ構造】 禅や製造現場、料理など、散在する情報を横断的なオントロジーで知識化し、システムやライブラリで提供。属人的なノウハウを共有可能なコンテンツに変え、生産性と心の健やかさを両立する創作・生産の新たな知流通を実装で支援します。
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