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【推し活小説】『We love Thai actors. 〜タイ沼民はみんな主人公〜』Case 3: Shinobu ── If no one writes Perth's story, I will.

※作中に実在する俳優さんの名前や作品名が出てきますがこの物語はフィクションです。イベントの描写も実在のものとは関係ございませんのでご留意ください。
 

###私が届けたい物語
 


何かやり残したことがある気がする
 
しのぶは50歳手前でそんな思いにとらわれていた。
十分に恵まれていることは分かっている。
セレブではないけれど、夫婦共働きで食べるのに困らない生活ができている。
子供も二人授かった。上の子は今でいうところのFラン大学出の両親のDNAで構成されているとは思えないくらい優秀だ。この春、国立大学に合格し、地方で一人暮らしを始めた。下の子はバスケに夢中で脳筋寄り。反抗期ど真ん中だ。時々苛つくが誰もが通る道。年一回家族旅行も行けている。都心まで、1時間半ほどで行ける郊外の一戸建てに住めている。仕事も大変だがやりがいはある。
 
なのに……欠損感が消えない。心の隙間に風が吹き抜ける。
 
しのぶは自分の好きなこともちゃんと分かっている。
子供のころから物語が好きだった。マクドナルドもスターバックスもないような田舎育ちのしのぶにとって、娯楽はテレビと読書だった。大人になってドラマ鑑賞と読書は仕事や子育ての疲れを癒してくれるセルフケアとなった。最近のお気に入りはタイBL。
子供のころ夢中になった、少女漫画やライトノベルに近い世界観に魅了された。
もう、ヒロインに憧れる歳でもない。だから、ヒロインが出てこないとこも良かった。
 

そして、しのぶの推しはPerth Nakhun Screaigh パース・ナクン

『My Engineer〜華麗なる工学部〜』を観ている時に出会った。
 
ドールのように美しい小さなフェイス、透き通るような白い肌、ワイルドでもちゃんと艶のあるボディ。一目見てすぐに夢中になった。パース様のことを調べているうちに、容姿のみでなく中身もハイスペックであることが分かった。タイ語、英語、日本語を使いこなすトリリンガル。優秀でユーモアもある。ゲームやカードが好きで少年のような初々しさも持ち合わせている。
パース様のことを知れば知るほど夢中になった。

そんなパース様の写真集お渡しイベントにしのぶは参加する。
チケットが入手出来たときは久しぶりに声をあげて喜んだ。中学生の息子大樹に「うっせいーわ」と言われるほどに。

イベント当日、しのぶは自分の不器用さを知っているので、美容院でプロに綺麗にしてもらった。自分でも別人ではないかと思うくらいに。

会場につくと、久しぶりの緊張に襲われた。アラフィフになって、たいていのことには慣れてしまっていた。緊張する場面も歳とともに減っていく。今は3次元のパース様を拝めると思うだけで、『心拍数が正常ではない』と自覚出来るくらいにドキドキしていた。

係員の誘導で列を作る。

写真集購入数で特典が違う。
1冊はパース様から写真集を手渡して頂ける
3冊はツーショット写真を撮って頂ける
5冊はパース様の動画を撮らせて頂ける

しのぶは1冊購入の列に並ぶ。本当は3冊欲しかったが上の子の学費もあり、あきらめた。

直接、写真集を渡して頂けるのだから十分だ。

と言い聞かせて、隣の列のファンの方を気にしないようにした。
ほんの少しだけうらやましかった。

係員に案内されてパース様の元へ

生身のパース様は後光がさしていた。画面越しでも小さなお顔だと思っていたが、実際はさらに小さかった。光を反射するほど艶めく白い肌。吸い込まれるような漆黒の瞳。

パース様は神様だ

しのぶは石化の呪文にでもかけられたかのように固まってしまった。
パース様が微笑んで写真集を渡してくれるのを、なんとか手を動かして受け取る。
「今日は来てくれてありがとうございます」
流暢な日本語で御言葉をくれた。

しのぶは自分も何か伝えないとと思い、なんとか口を動かす。以前、雑誌のインタビュー記事に『恋愛ドラマにチャレンジしたい』と書かれていたのを思い出す。
「応援してます。恋愛ドラマに出られると良いですね」
とやっとの思いで伝えた。

その日からしのぶの頭の中のお花は咲き乱れて、ふわふわと白昼夢をみている状態になってしまった。
給料をもらう仕事はなんとかこなしたが家事はエラーをおこす。
主婦歴20年以上。砂糖と塩を間違えて、甘ったるい野菜炒めを作った。
「くそ、まずい」
大樹に文句を言われた。
シャンプーのボトルにボディーソープの詰め替えを入れた。
「髪がぼさぼさになったんだけど!」
大樹に呆れられた。

暇さえあればパース様の写真集を開いた。

穴があくほど、鑑賞する。
本当に目から『推し愛ビーム』が出て、
写真集に穴があいたらどうしよう自分で心配になるくらいに。

しのぶの頭に素朴な疑問が浮かんだ。

こんなに美しいのに、日本語だって流暢なのに
なんで、パース様が主演のドラマがないの?
ピッタリのお話がないからなの?……だったら、私が書く。

しのぶの中で線が繋がった。

忘れていた情熱がしのぶを突き動かす。
クローゼットからダンボール箱をひっぱり出した。

しのぶは若い頃シナリオライターを目指していたのだ。
ダンボールには当時の資料が入っている。
テキストや原稿が沢山出てきた。
一冊の雑誌を手に取る。折り目がついているページを開く。
シナリオコンクールの一時審査通過者の中にしのぶの名前があった。

そうだ私には夢があった。

雑誌の名前を指でなぞる。
書くことに夢中だったころを思い出す。
派遣で働いて、生活費を稼ぎ、シナリオスクールに通って、課題の脚本を書く。そんな生活を数年続けていた。
公募にも何度も挑戦し、3年目でやっと一次審査に通ったのだ。
でも、次の二次審査通過者にしのぶの名前はなかった。
才能の限界を突き付けられている気がして、書くことをやめた。

キャビネットからPCを取り出して、リビングのテーブルに置く。
PCは家計簿を入力する時くらいしか使わなくなっていた。
最初に今どんな公募があるか検索した。

まずは目標を決めないと。

ちょうど良い、BL小説の公募があった。締め切りは3か月後。
締め切りも余裕があり、テーマもBLで良かったが問題があった。
しのぶはシナリオは沢山書いたことがあるが
小説は一作品も書いたことがなかった。
書き方も習ってなかった。

小説もシナリオも文章だ。やれば出来る

しのぶの中で謎の自信が生まれ、膨らんでいく。

まずはプロットから。小説もドラマも一緒、起承転結。
ラストはハッピーかバットか。
登場人物は……一人はハーフイケメン。

考えるだけで満たされた。欠損感が一瞬で埋まった。

その日から、しのぶの生活リズムは大幅に変わった。
早朝3時に起床し、執筆。6時に朝食を作って、7時に家族を送りだす。その後、洗濯、掃除を出来る範囲でして、自分の支度をして、出勤。仕事から帰って、夕飯を作り、明日の起床に備えて、泥のように眠る。

不思議と辛くはなかった。
自分の世界、自分の時間、自分軸がしのぶを支えていた。

充実した日々が続いていたある日。
大樹がいつもより早く起き出してきた。リビングのテーブルで執筆していたしのぶは驚いて聞く。
「あれ、大樹早いわね」
「試合近いから朝練繰り上がったって言ったじゃん」
「そうだった、ごめん、朝ごはん作るね」
「母さん、最近、早起きして、何してんの?」
「BL小説書いてるの。公募にチャレンジしようと思って」
「えーー。普通にひくわ」
「何よ。BL小説だって文学よ」
「キモ」

子供に対して、大人気ないとは思ったが、誤魔化したくなかった。

しのぶの夫は職業がら、出張が多い。月の半分は家にいない。夕食は大樹と二人のことが多い。その日の夕食も大樹と二人だった。大樹が笑いながら、話し出した。
「今日、部活のメンツに母さんがBL小説書いてるっていったら、ウケた。今年一番の笑いがとれたよ」
「ちょっと、お友達に話したの!」
「いいじゃん。おもしれぇし」
「あのね……」

タイBLにでてくるような親想いの可愛い息子になって欲しい……とまでは望まない。でも、親を笑いのネタにするなんて……。

とりあえず、話題を変える。
「英検3級の結果は?どうだったの?」
「……」
「また、落ちたの?」
「別に……ここ日本だし」
「日本にいても英語は必要よ。海外の方が沢山日本に来ているんだから。
パース様は3か国語を話せるのよ。少しは見習って勉強しなさい」
「キモ」

それっきり、大樹は黙ってしまった。白飯はしっかり口にほおばっている。

3か月後、公募の締切日がきた。ぎりぎりまで、推敲したので締め切り日に応募することになった。いざとなったら、送信ボタンをタッチする指が震えた。選ばれなかった時の痛みは何度も味わってきている。

でも、チャレンジすると決めたのだ。

しのぶは自分に言い聞かせ、応募した。

2か月後、今日は公募の一次審査の結果が出る日だ。
仕事中もずっと気になっていたが、仕事中に確かめるわけにいかない。
帰りの電車を待つ、ホームでスマホの画面をチェックする。

しのぶのペンネームはなかった。

胸が物理的に痛い。釘でも打たれたようだ。泣き出したい。でも駅のホームでなくわけにもいかない。最寄り駅について、スーパーで夕食の買い物をする。今日は作る気になれないので、総菜や寿司を買い込む。油断すると涙が出そうになる。必死にこらえる。

なんとか大樹との夕飯を終えた。食欲なんて、なかったが無理やり、寿司を口に放り込んだ。

入浴中、やっと一人になれた。しのぶの目から大粒の涙がこぼれだした。

選ばれないリスクは最初から想定内だった。
才能がないことはシナリオライターになることをあきらめた時に思い知っていた。
だけど、書くことが好きなのだ。いい歳して、泣いてしまうくらい。

その夜はなかなか寝付けなかった。出張中の夫にラインを送る。
『書いた小説は残るんだからいいじゃん。毎日3時に起きて、家のことも仕事もして、しのぶはがんばったよ。それだけ、夢中なれるものがあるなんて、俺はちょっと羨ましい』

久しぶりにこの人と結婚してよかったと思った。

翌日もその翌日も胸の痛みは消えなかった。あれだけ泣いたのに油断すると泣きたくなった。創作ハイの反動だ。こうなることも想定の範囲内だ。すぐには執筆をする気になれなかったのに、いったん定着した生活リズムは簡単に戻らない。毎朝3時に目が覚めた。早朝からドラマを観て、時間を潰した。

 そんな生活が2週間ほど続いたある日、しのぶが帰宅して時計をみると4時だった。

ああ、そうか。今日は仕事が早番だった。大樹は部活。和希は仕事、
家には私一人。リビングで泣いてもいいんだ。

2週間もたってるのに、涙が止まらない。懐かしい失恋ソングを聞いて涙を出し切ってしまおうと思った。しのぶの目は赤くなり、瞼は腫れていく。

大樹が帰ってきた。しのぶは慌てる。
「部活は?」
「顧問が会議だって。てか、泣いてる?」
「なんでもない」
「ああー、キモイBL小説か……ただの趣味で泣くなよ」
「悪い?大樹だって、試合に負けた時、目腫らして帰ってきたじゃない。一緒よ」
「一緒にすんなよ」
「母さんにとっては心から好きなことなの」
「………だったら、やめんなよ。俺もバスケやめなかったよ。また、キモイBL小説書けよ。どうせやめられないんだろ?」
「へ?」
「諦めたら、そこで試合終了だよ」
「……言うと思った。名言もいいけど、そろそろ自分の言葉を持ちなさい」
「せっかく励ましてんだから、説教すんなよ。友達とマックいくから、金」

大樹はしのぶから1000円札をもぎ取ると、出ていった。

しのぶはまた書き始めた。

私は書くことが好き
好きだから、選ばれないと傷つく。
だけどやめられない。

好きなことにもう一度向き合う勇気をくれたのは
ドールのように綺麗なお顔のパース様。
私の小説はファンレター。

If no one writes Perth's story, I will.
 
END

下記、マガジン関連小説です。
読んで頂けたら嬉しいです。よろしくお願いします。


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