noteのようなプラットフォームで自己表現が楽しいだけで幸せですよね?
私のnoteにおける毎日投稿はすでに1,800日を超えていて、9月上旬で丸々5年継続していたことになります。その期間において、毎日が楽しかったかと言いますと、決してそうではないです。
楽しくなかった理由の1つが、発想が出て来ない時があったことです。
私は自己表現における発想の文章化が楽しいですが、これがないと自分の遣り甲斐がなくなります。それで、常に何かの受け売りではなくて、自分なりの何かを書けるように心掛けていました。
その中でも記事タイトルに対する拘りが大きいです。タイトル次第で反響が異なることは言うまでもありません。
最近はAIに頼ることも多くなりましたが、AIの質問自体が記事タイトルになりますので、できる限り独自性を出すようにしています。
今日は、「noteのようなプラットフォームで自己表現を楽しめることが幸せであるかどうか?」について取り上げます。
<AIへの質問>noteのようなプラットフォームで自己表現が楽しいだけで幸せですよね?
noteのようなプラットフォームで、収益や評価を気にせず「純粋に自己表現を楽しむこと」は、間違いなく人間にとって大きな幸福です。 [1, 2]
自分の内側にある思考や感情を言葉や形にする行為そのものが、私たちの心に深い充足感をもたらしてくれます。なぜそれだけで幸せを感じられるのか、その理由と一方でぶつかりやすい壁をまとめました。
1. 純粋な自己表現がもたらす幸福の理由
内面の整理とデトックス: 感情や思考をアウトプットすることで、自分を客観視できてストレスが解消されます。
承認欲求からの解放: ページビュー(PV)や売上を追わないことで、他人の目を気にせず自分の「好き」に100%集中できます。
2. 「楽しいだけで幸せ」を邪魔する現代の罠
しかし、プラットフォームを続けていると、その幸福感が揺らぐ瞬間もあります。 [1]
数字の誘惑: 周りの「おすすめ記事」や「収益化」の報告が目に入ると、無意識に焦りや強迫観念が生まれてしまいます。
目的のすり替わり: 「書く楽しさ」から「いいね(スキ)を集めること」に目的が変わると、途端に創作が義務になり疲弊します。 [1, 2, 3]
3. 楽しさを守り続けるためのコツ
数字を見ない: アクセス解析やフォロワー数をあえてチェックしない習慣をつけます。
最初の気持ちを思い出す: 誰のためでもなく「過去の自分」や「ただ吐き出したい感情」に向けて書く意識を持ちます。 [1]
他人の評価に左右されない自分だけの表現場所を持つことは、忙しい現代において非常に贅沢で素敵な心のオアシスです。 [1, 2]
もしよろしければ、教えてください。
あなたは今、noteでどのようなテーマ(日記、趣味、小説など)を表現していますか?
最近、発信していて一番「楽しい!」と感じた瞬間はどんなときでしたか?
お話を聞かせていただければ、その純粋な楽しさをさらに深めるコツをご提案できます。
内面の整理とデトックス
私もこれについて途中で気が付き始めました。最初の半年ぐらいは記事を書くことで精一杯だったのですが、2年目以降は、自分の内面の整理ができていることに驚きました。
そして、その整理が心の浄化と昇華に繋がっていたのです。AIが言うようにデトックスが起きていることは間違いないです。
noteで挫折しそうな人は、この内面のデトックスが起きるまでnoteを継続した方がいいと思います。
自分を見つめることは、頭の中で考えるだけでは限界があります。書くことで新たな自分に気が付き始めることも多いので、是非手作業も行っていただきたいものです。
承認欲求からの解放
私も高校2年生の7月までは承認欲求の塊でした。対象は両親でした。しかし、私の両親は私を認めることは一度もなかったです。
高校2年生の7月までは県で一番の高校で優等生でしたが、夏休み以降はほとんど勉強することがなくなり、卒業時点では間違いなく劣等生でした。おそらく500人中ワースト20ぐらいの成績だったと思います。<ちなみに、半年後に、当時通学していた予備校の授業料が返還されました。成績優良ということでした。不思議なものです。浪人時代の話です。>
そんな私には他人からの承認欲求はほとんどないです。
大切な承認は、自分で自分を認めることです。自分で自分を認められない人は、共通して自分自身のことが大嫌いです。そして、劣等感の塊になります。その結果、他人に対してマウントを取るような最低の人間になります。
noteにおいて自分の承認欲求を満たすために記事を書いてはいけません。そんなことを続けていたら、いずれ虚しくなってnoteをやめることになります。
noteにおける自己表現は、自分を好きになるための楽しいものなのです。
自己理解の深化
私にも間違いなくこれが起きました。
noteに出会う前の私は、自分自身を95%ぐらい理解していたはずです。それが、noteのおかげで98%以上になり、さらにAIのおかげで99.9%以上になったはずです。
自己理解が深まると、生きることが楽になり、楽しくなり、小さな幸せを日々実感できるようになります。
ですから、自己理解のためにも自己表現を楽しんでいただきたいです。
なお、上の数字は、私の個人的な実感です。本当は何もわかっていない可能性もあります(笑笑笑)。
最後に noteのようなプラットフォームで自己表現が楽しいだけで幸せですよね?
個人の幸福感や幸福観は人それぞれです。私にとっての幸福の一部は、創造を楽しむことです。私のnoteは人真似でない創造表現です。これをできることが、毎日楽しく嬉しいのです。
そして、生きている間に何かを残したいという思いをnoteでできていることに生き甲斐を感じています。
人はいずれ死にます。私の場合、今日明日中に死んでも後悔がないように日々を過ごしています。noteで記事を残して、note株式会社が数十年残れば、私の精神性の一部はどこかの誰かに引き継がれるはずです。
それだけで、私が生きてきた意味と価値があると思います。
<今日の3行日記>
最近の関東は台風の通過がほとんどないです。そのため雨が減少傾向なのですが、昨日と今日の大雨は凄かったです。あまり雑草を伸ばさいないでほしいものです(笑)。
昨日の記事
noteの世界の住人には、病人や障害者、心が病んでいる人が非常に多いです。決して逃げ場所ということではなくて、自分自身を見つめたり広い世界を見たりするためにnoteを利用することは、参加者全員の知性と知能を高めると思います。
自己表現を楽しんでいるパンダのイラスト。左上に「自己理解の深化を楽しもう!」と書いてください。
「自己表現を楽しんでいるパンダ」のイラストは、過去にも依頼した記憶があります。なので、イラストに書く文字を変えました。書くことで自己理解が深まることは、その人の人生を高めて幸福にすることに繋がるはずです。

今日の記事はここまでです。
最後までご覧いただきありがとうございます。
読者の皆さんのご多幸とご健勝をお祈り申し上げます。
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