何歳になっても自分の可能性を信じて疑わない人が真の幸福者なんだよ💛80歳の私は100歳の自分の可能性を信じていると断言できる🐼
以前「他人の可能性」について書いたことがあるのですが、自分の可能性を信じることができる人は、他人の可能性を否定しないと思います。つまり、自分を信じることができる人は、他人の素晴らしさや長所を見抜くことができるので、彼ら彼女らの可能性を信じて疑わないのです。
今回は、「何歳になっても自分の可能性を信じて疑わない人になろう」というテーマで記事を書きます。
なお、他人の可能性に関する記事は私の固定記事です。念のためその記事のリンク先を貼っておきます。
他人の可能性を否定しない生き方 藤井聡太プロの将棋八冠は本当に不可能なのか
生まれたばかりの赤ちゃんは全員自分の可能性を信じている(ように見える)<笑笑笑>
首が座ってお座りができるようになった赤ちゃんは、次はつかまり立ち、そして次は、自力で歩くことを目指します。
問題は、その歩くことです。赤ちゃんは歩けるようになるために何度も転びますが、成功できるまで何度でも挑戦します。絶対に諦めません。
これがとても不思議なことなのです。なぜなら、誰にも教えられたわけではないにも関わらず、まるで「自分にはできること」があらかじめわかっているような行動だからです。
この時点での赤ちゃんは自分の可能性を信じているのではないでしょうか。
一般的に赤ちゃんは、うつ伏せ→寝返り→ずりばい→はいはい→つかまり立ち→伝い歩き→歩くという順番で成長と発達する
いつ頃から人間は自分の可能性を信じられなくなるのか?
私の個人的な実感では、大人の少なくとも8割は自分の可能性を信じていないように思われます。これは前職時代の周りの関係者を観察した上での率直な感想です。
では、彼らはいつ頃から自分の可能性を信じられなくなったのでしょうか?
おそらく義務教育時代の少年期だと思います。この時代の教育はあまりにも画一的で個人を重んじるものではなかったです。
もし仮に個人の能力や資質に合わせた教育を行っていれば、あそこまで自分を信じられない怠け者ばかりがいるわけがないのです。
もちろんこれは私の個人的な実感です。優秀な職場で働いている皆さんとは異なる見解かもしれません。
しかし、現代日本における大企業の衰退ぶりを見ていますと、会社の規模に関わらず、自分の可能性を信じている人材は少ないのではないかと予想しています。
noteで継続して記事を書けている人たちは、自分の可能性を信じているのではなかろうか。もちろん、「読み専」も。
残酷な話ですが、noteの1年後の継続率は大体1、2%に落ち着くようです。これは全体の数字であって、自分が関わった人たちに焦点を合わせるとその数字は3割以上になるようです。
実際には、私たちの気が付かないところで大勢の人たちが挫折しているわけです。
もしこれらの人たちが自分の可能性を信じていないとしたら、恐ろしい数字を目の当たりにしていることになります。
挫折した人たちがnote以外に何か楽しいことを見つけて継続できていることを私は信じたいです。
もちろん、noteで毎日投稿できている私たちは、自分の可能性を信じている集まりだと思います。
なお、この中には毎日私たちの記事を読んでいる、いわゆる「読み専」も含まれます。
何歳になっても自分の可能性を信じて疑わない人が真の幸福者なんだよ💛
私は毎日世界情勢を調べているので確信しているのですが、私たち地球人の中で日本人は非常に恵まれていると思います。そして、日本人として生まれただけで、比較的好条件が揃った勝ち組と言えます。
もちろん、この好条件には個人差がありますが、それでも他国の人たちと比べますと明らかに恵まていることは確かです。
もしこの事実を疑う人がいるとしたら、まだまだ勉強不足ですよ。
このような恵まれた日本においても、自分の可能性を信じて生きていない人がもし仮に大多数だとしたら、圧倒的に不幸な人たちが多いと言えるかもしれません。
もし読者の中に該当者がいるとしたら、今すぐに頭を切り替えて自分の可能性を信じた方がベストです。その方法は簡単で、それを口に出せばいいだけです。「私は自分の可能性を信じている」と。
なお、斎藤一人さんの天国言葉を唱えることも非常に有効ですよ。
余談ですが、この世の仕組みは意外と簡単で、誰にでもこの世で幸福になれる手段と方法が備わっています。それが、私たちの「口」です。発する言葉次第で、私たち人間は幸福にも不幸にもなれるのです。
最後に 紡がれた命を大切にして命ある限り記事投稿を続けたい😿80歳の私は100歳の自分の可能性を信じていると断言できる🐼
私たち人類が400万年間の歴史を生きて来たとすると、その平均寿命が20歳だった場合、私の命は女性による20万回の出産のおかげです。昔は現代ほど医学が進んでいませんでしたから、それらはまさに命懸けのものだったはずです。
そのような命懸けの苦労を紡いで来てくれたご先祖様たちがいたからこそ、今の私がいます。その連綿と続いて来た貴重な繋がりをそう安々と諦めることが、私にはできません。
今後の私にも何かができるはずです。そして、何かをやりたいです。やり遂げたいです。そのためのnoteにおける毎日投稿です。
60歳や80歳、いや100歳になっても元気に記事投稿を継続できていたならば、それに勝る幸福はないと思われます。
なお、80歳の私は、100歳の自分の可能性を信じて生きていると断言できます。まだ四十数年先の話ですがね(笑笑笑)。
<今日の3行日記>自分へのご褒美
最近の私は三日に一度は美味しい食べ物を食べています。と言っても決して贅沢なものではなくて、お寿司などのありふれたものです。それ以外の日は安く済ませているのですが、その日だけは自分へのご褒美だと思って毎回楽しんでいます。
昨日の記事
昨日の記事は異常に反響が良かったですね。どこが良かったのでしょうか???もしかしたらnoteクリエイターの中にはユーチューバーを嫌っている人たちが多いのでしょうか???

イラスト素材:パーティーパンダ
私はパーティーが嫌いです。なぜなら、人混みが嫌いですから。HSPの人にはそういう人が多いのではないでしょうか?ちなみに、人付き合いも面倒なので、極端に相手を選びます。
「上達さんは気さくですね」と言われることが多いのですが、それは相当私が気を遣っているということなのです。つまり、精神と神経を擦り減らしているわけです。

今日の記事はここまでです。
最後までご覧いただきありがとうございます。
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