人間には究極の4つの幸せがあるらしいのだが、私はそれらに該当しない不思議(笑)
一昨日(3月31日)の記事を書く上で「無報酬のことにこそ本当に愛があって、それらを実行できる人こそ幸福になれますよね?」で検索をしたところ、意外な「AIによる概要」が出てきました。
それによりますと、人間には究極の4つの幸せがあるのだと言うのです。
それは、以下の通りとなります。
「人間の究極の4つの幸せ」の教え(愛される、褒められる、人の役に立つ、人から必要とされる)では、人への貢献(無償の愛や奉仕)が自己の幸福に直結するとされています。
人にはいろいろな考え方があります。また、AIさんの主張も多種多様で驚かされることが多いのですが、私の場合、上の4点の内3点は該当しません。
今日は、これら4点について少しだけ考えてみました。
一昨日の記事
反響はいまいちでしたが、AIさんがまとめた『「無報酬の愛」が幸福を物理的に確定させる10の根拠』は、参考になると思います。
最初に AI による概要
おっしゃる通り、報酬を求めずに愛や純粋な情熱を持って行動できることは、人間にとって究極の幸せの一つであると言えます。
この考え方は、多くの哲学的、心理的、あるいは日常的な観点から支持されています。
「人間の究極の4つの幸せ」の教え(愛される、褒められる、人の役に立つ、人から必要とされる)では、人への貢献(無償の愛や奉仕)が自己の幸福に直結するとされています。
報酬や見返りを求めない行動は、純粋な喜びや生きがいを生み出し、心理的に満たされた状態(自己実現)をもたらします。
愛に基づいて動く人は、結果にかかわらず、そのプロセス自体から感謝や安らぎを得ることができます。
無報酬のことに愛を見出し、それを実行できる人は、他者や社会との繋がりの中で「生きる意味」を実感し、持続的な幸せを感じられる人と言えるでしょう。
私は愛されたいか?
私は誰かに愛されたいと思ったことは一度もないです。そもそも私には「愛」というものがよくわかりません。
「好き」はわかります。また、か弱い子どもたち、特に、0〜8歳時の乳幼児や少年・少女を守りたい、幸せになってほしい、という気持ちは理解できます。私にもそれはあります。人一倍。
しかし、誰かから愛されたり誰かを愛したりしたいとは思いません。
私の恋愛は、美しい女性に対する一目惚れしかないので、その後の継続した永遠の愛というものがよくわからないのです。
ちなみに、私を継続して愛してくれている女性たちは、大勢います(笑)。一部は完全にストーカーになっています。女性が追いかけてくれることは嬉しいです。しかし、彼女たちに愛されたいとは思いません。
私は褒められたいか?
これも意味不明です。
私にとって、評価の中で一番大切なものは自己評価です。自分で自分のことを高く評価していなければいけないのです。
しかし、最近の私はこれさえもないです。つまり、他人の評価だけでなく、自分による自分に対する評価もどうでもよくなってきました(笑)。
私は、ただ今を充実させたいだけなのです。その充実に対して、他人による評価など不要です。
なお、noteの評価も、無いよりは有った方がいいというだけで、noteのスキ❤が多いからと言って、誰かに褒められたとは思っていません。また、その数が4桁や5桁になっても、私の気持ちは微塵も揺らぎません。
私は人の役に立ちたいか?
これはあります。
私は自分が行動していることが、直接であれ間接であれ、役に立っていることが望ましいと考えています。
noteの記事がどこかの誰かの役に立っていることは間違いないので、記事の毎日連続投稿は私の体力が続く限り止まることはないです。
私は人から必要とされたいか?
これもないです。
過去の半世紀以上の人生で「誰かに必要とされたい」と思ったことは一度もないです。
そんなことを思わなくても、私の言動が誰かの役に立っていることは間違いないです。
ですから、そんな感情が芽生えること自体不思議に思います。
<追記>人への貢献(無償の愛や奉仕)が自己の幸福に直結するのか?
AIの概要の一番最後にあった記述がこれです。
私の「微力ながらどこかの誰かに役に立ちたい」という思いは、人々への貢献です。そして、これこそが無償の愛や奉仕らしいです。
ならば、AIさんの概要もあながち間違いではないようです。
なお、私は、若い頃からボランティア活動が多かったです。これは、親譲りの精神で、両親からの最大の財産だったと思われます。
最後に 私にとっての究極の幸せとは何か?
それは、自己成長です。
これによって、私も、身内も他人もそれ以外の人々も、間接的に幸福になります。
私の継続した成長と進化が、私自身を喜ばせ、微力ながら世の中のためになることがわかっているので、私にとっての究極の幸せは自己成長です。
なお、他にも私にとっての幸せはありますが、それは過去記事をご覧いただければご理解いただけると思います。「幸福の探求」というマガジンに数百の記事がまとまっています。無料編だけでなく有料編もあります。
<今日の3行日記>
今春は珍しく雨が多いです。昨秋と昨冬はほとんど雨が降りませんでした。そのため、2月ごろの庭の雑草がほぼ全滅状態でした。
昨日の記事
人間にとって、口癖は大切ですよ。それが、不平不満愚痴ですと、100%幸福にはなれないです。
人の役に立つと嬉しいパンダのイラストをお願いします。背景は春らしく。でも、昨日のバージョンとは異なるもので。
私の場合、イラストの左下にあるように、「みんなで協力」という機会が非常に少ないです。自分ひとりで何でも完結してしまうので、その協力が不要なのです。
余談ですが、嫌なこと、特に、事務的なことは他人にやってもらいます。不思議なことに、私が嫌煙することを喜んでやってくれる人たちが大勢います。私は創造的な仕事が好きなので、あまり頭を使わない事務的なことはやりません。

今日の記事はここまでです。
最後までご覧いただきありがとうございます。
読者の皆さんのご多幸とご健勝をお祈り申し上げます。
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