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8月12日を想う。昭和100年の今年、あの事件から40年が経ったとは...



1985年、昭和60年。
日航機の墜落ニュースは学校が夏休みの間、1日中ずっと見ていた。釘付けだった。


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墜落現場の特定にものすごい時間を要したのはどう考えても解せない。それが何かを隠蔽するためだったなんて思うわけがない。
故中曽根元首相の言った「墓場まで持っていく」という意味深なセリフだけはその背景が不明なままなぜか記憶に残っていた。
"事故"原因を圧力隔壁云々かんぬんと力説していたのを覚えている。がまさか "事故"ではなく"事件"だったなんて、当時はもちろん思いもよらなかった。



9.11も3.11も JAL123便も、すべては闇だ。
現代ではSNSを通じ、様々な情報に触れることができるようになった。自分で情報を探しにいける。もちろん真実もあれば嘘だって紛れている。


たまたま見たこの動画。どう捉えるかは観る人によるかもしれない。

横田基地にあと5分で緊急着陸というところまで いっていたこと、その後は御巣鷹山付近のレタス畑に着陸を試みようとしていたことまでは、知らなかった。

墜落の直接の原因が、機体の損傷による操縦不能ではない、撃墜ミサイルかもしれないとは なんと残酷なことか。いろんなことが明るみになっている今、この日航機墜落事件は絶対に暴かれなければならないひとつである。



高濱機長を始め、佐々木副操縦士、福田機関士、皆が最後の最後まで諦めることなく尽力されていたことに敬意を表し、520の御霊に謹んで哀悼の意を表します。




読んでくださりありがとうございました。






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