「死んでいる」と告げられた命の帰還 〜父の祈りと、私を呼び戻した一滴の水〜
私が、半世紀以上「探究」して来た事とは…?
50数年前の、私が誕生する時のお話まで遡ります。
場所は、淡路島の田舎の農家(母23歳、父26歳)当時は、定期的な妊婦健診も無かった様でした。
1. 医師の宣告:絶望の淵に立たされた家族
母親は、私を初めて妊娠し予定日も近いある日、急に体調不良を訴えて倒れます。緊急で大きな県立病院に着いた頃には、母親は完全に意識不明の状態でした。
産婦人科の医師の診断で、重度の妊娠中毒症による子癇(しかん)発作と共に、お腹の中の子ども(私)は既に「死亡」と告げられます。
続けて、今すぐ(私を)取り出さないと母親の命も危ないと言い、胎児の摘出手術を勧めました。
しかし(私を)取り出しても、母親が助かる確率は五分五分だとも言われます。 家族の決断は、どうせ(母親も)死ぬのならこのままそっと息絶えるまで見守りたいと…手術を拒否しました。
医師は、その返事に対して「医者の言う事が聞けないなら、今すぐ出て行け!」と怒鳴るように言いました。
しかし、県立病院だったせいもあり、その場は追い出される事なく入院し、その後、母親は3日間意識不明の状態が続きました(その間、私は胎動も無く母親のお腹はペチャッとなっていたそう)。
2. 西洋医学の限界を超えて:父が託した「最後の藁」
父親は、西洋医学に見放されたのなら、もう残るは神頼みしか無いと思ったらしく、藁をも掴む思いで、家が信仰していた宗教(三代前から続く新興宗教)に頼る事を決めます。
それまで父は、宗教には反抗的に避けて来たそうですが、その時はもうそれしか無いと思ったそうです。
母親を親戚中が囲む中、父親は夜誰にも言わず一人病院を抜け出して、その宗教の本部のある本土(大阪)へと向かいます。
船に乗り到着したのは夜中、本部の先生はお休み中であり、朝まで待つように言われます。待つ間、当時は携帯電話も無く病院への連絡の術はありません。
来る間も後ろ髪を引かれながらでしたが、何度と無く「既に(妻は)息絶えているかも⁉︎」と思いながら、朝までの長い時間を一人で待ちます。
明け方5時ごろ、ようやく年配の女性(先生)が部屋に現れます。
父親が一通りの経緯を話すと、開口一番「◯◯さん、大丈夫ですよ、二人とも助かります」と、優しくそして力強く言われたそうです。
そして更に、「無事産まれたら、一ヶ月後に親子三人でお礼参りに来なさい」とも言われました。
妻だけで無く、既に死んでいるお腹の子も?…一ヶ月後三人で??…
と妙に思いながらも、 その場で頂いた御神紙と御神水を手に、急いでまた船に乗って戻ります。
3. 死からの生還:唇に落ちた一滴の「水」
朝戻ると、妻はまだ何とか命がありました。
黙って一晩消えていた事に対して、「夫の立場で、こんな大事な時にどこへ行っていた!」と親戚の者達からは怒鳴られますが、説明も後にして、
青ざめて意識の無い母親の元へと行き、先生に指導された通りに…額に御神紙を当て、御神水を唇に一滴垂らしたそうです。
その直後わずか数秒後、青ざめていた母親の顔がぱーと血色が出始めた思うと、パッと3日ぶりに目を開いたのです。
いつ息が切れるかと思いながら…その光景を見守っていた親戚の者達は、
夫との最期の別れに…力を振り絞って目を開けたのだと思い、いよいよ最期のお別を覚悟して、声を出しながら泣き始めます。
しかしその後更に、掛け布団の上からでも明らかに分かるように、母親の腹部がムクムクッと盛り上がり始めたのです。
「これはどうも、様子がおかしい⁉︎」と思い、慌てて主治医を呼びに行きます。
病室に訪れて診察した医師は、
明らかに顔色が変わると共に「すぐ分娩室へ!」と叫び、あれよあれよと言う間に、五体満足(2.400g台)の私が産まれ、その後母子共に何事も無かったように退院を迎えたのでした。
4. 命を繋いだエネルギーの正体を探して
退院時の一枚の写真が残っています。
病院の前で、母親が笑顔で私を抱いて写っていますが、とてもそんな事があったようには思えない写真です。
そして一ヶ月後、約束通り三人揃ってお礼参りへ行ったそうです。
(以上)
「奇跡の誕生まで」として、私の生まれる時の奇跡的な出来事を綴りました。
私は西洋医学に見放された為に、結果的には〝見えない力〟により、この世に生を受けました。
その、見えない力のツールとなった物、 それは正しく『水』でした。
その普段、何気に身近にある『水』、 一体その水は、何が違っていたの?
息絶えようとしている二つの命を、一瞬で復活させてしまう程のパワフルなエネルギーの水、それって何?
もう一つ、
海を隔てた遠い場所から、母親と、更に死亡を言われていた私までもの命が、どうして助かると分かったんだろう?
2つの私の疑問は、いつしか、
゛見えない何か…゛についての「探究」へと変わって行きました。
それは、物心がつく頃から、何度となく聞かされた幼少の頃からはじまりました。
私と私の母親は、直接それらの出来事は見ていません。
しかし、物心がつく頃から、目撃者であった親戚、祖父母、そして当の父親から、直接何度となく語られた紛れもない事実なのです。
もし、この話について、
誰かに「そんな事あるわけ無い!」て言われたとしたら、
それは、私の命を否定されたも同然になるのです。
なのでこの「探究」は、私自身を知る事であり、同時にこの世の本当の真実を知れる事にも繋がると思い、ずっーと興味深く探究し続けて来ました。
5. 「奇跡の子」の影に潜んでいた、もう一つの試練
それがここに来て、最近ようやく納得の行く答えに行き着けたのです😭✨
ちなみに、
一見この「奇跡の誕生」は幸せな結末のようですが、
私には、ここから更なる試練が待ち受けていたのでした。。
つまり…〝お腹の中で受けた強烈なトラウマ〟による、幼少期からの生きづらさという試練😓
⭐辿り着いた「探求」の答えと、誕生後のトラウマによる試練については、
またゆっくり書いて行けたらと思います。
あと…
私は、この後28歳の時にもまた命を落としかけます。その時は、何と生まれる時とは真逆に産婦人科の医師(西洋医学)に命を救われます。
その時のお話も、また綴ろうと思います。
最後までお読みいただき、ありがとうございました🌈✨
🌺凪先案内人
Nagi (Calm water / Inner peace) Serenity Guide
つなぐ・和々(にこにこ)健康サロン かおりより✨
