パワハラ上司を広瀬香美で返り討ちにする方法
思い返せば、怒りに振り回されてばかりの人生だった。
大人になるまでの僕は常にイライラしていた。
特別ではない自分。
人より上手くできない自分。
友達が少ない自分。
恋人のいない自分。
本当は寂しいのに孤独だと認めたくない自分。
いつも過去に腹の立ったことや、悔しかったこと、許せないやつの顔が頭の中でリピートしていた。
「あの時もっと言い返せばよかった。」
「今ならこう言ってやるのに。」
「あんないい加減なやつよりも僕の方が真剣なのに。」
頭の中では常に忙しく負の感情が渦巻いていた。
会社でパワハラを受けていた時期がある。
舌打ち、ため息、暴言。
物理的な暴力以外の全てを味わった。
いっそ物理的に攻撃してくれた方が、こちらも応戦しやすかったのだが、その上司は実に陰湿な手法で僕を痛ぶった。
仕事はできる。自分より目上の人間には媚びへつらう。女性には優しくする。
ただ、自分より下の男性社員に狙いをつけてそいつを徹底的にいじめ抜く。
人として最も尊敬できない部類の人種だった。
ひどい仕打ちを受けながらも、僕はひたすら耐えた。
会社を辞めたいと思ったことも一度や二度ではない。
ただその度に、こんな愚かなやつのために僕が会社を辞めるなんてバカバカしい。
僕が辞めたところでこいつはどうせまた別の誰かをターゲットにしてパワハラを続けるに違いない。
そう思い、パワハラ上司が二度と歩けなくなるまで足の骨を砕くという実に悪趣味な脳内シミュレーションをすることで一線を越えそうになる自分をなんとか踏みとどまらせた。
何故そこまでして耐える必要があったのか。
それはこの職場が二度目の転勤で偶然戻って来た地元だったからだ。
「できるだけ長くこの地に留まりたい。」
地元に戻り、休日は友達と遊び、恋人もできたばかりの僕は、どんな屈辱的な仕打ちを受けても、この生活を手放したくなかった。
自分に非はないとはいえ、問題を大きくすれば、その上司だけでなく僕の人事評価や異動にも影響が出るリスクがある。
パワハラ110番などの社内通報制度もあるにはあるが、秘密が守られると謳っているわりに「誰々が通報した」だの、「通報した側がおかしい奴だった」などの噂が聞こえてくるような有様で、全く信用ができずどうしても使う気になれなかった。
自分としてはなんとかやり過ごしているつもりだったのだが、怒りに囚われた僕は、いつしかパワハラ上司本人だけでなく、その妻や子供の不幸を願うまでに心が腐敗していた。
気づけば寝ても覚めてもパワハラ上司のことばかりを考える日々。
大好きな恋人のことよりも、パワハラ上司のことを考えている時間のほうが多いなんて、どう考えてもおかしい。
もしかして、自分の本当の気持ちに気づいていないだけで、パワハラ上司のことが好きなのか?愛してしまっているのか?
答えは「否」だ。
そんなことは絶対にあり得ない。
Never becomeだ。
そのとき、ふと過去に読んだ本にこのようなことが書いてあったのを思い出した。
人類の脳は原始時代から進化しておらず、我々はビビリの猿の子孫である。
ネガティブな感情を脳内で繰り返してしまうのは人間の本能である。
なるほど。
人間の本能であるのなら仕方がない。
本能には誰も抗えない。
ただ、恋人よりもパワハラ上司のことを考えている時間のほうが長いというのはなんだか癪に触る。
僕はパワハラ上司への復讐を企てた。
それは、訓練によりパワハラ上司のことを考える時間を極小化し、いくらパワハラをされても意に介さないメンタリティを構築すること。
これが最大の復讐になると考えた。
結局パワハラ上司のような人間は、相手が苦しむ様子を見て優越感を得て楽しんでいるのだ。
こちらができるだけ無反応で、いじめがいのないつまらない人間になってしまえば、やがて興味を失うだろう。
それからというもの、パワハラ上司のことが頭に浮かぶたびに意識的に行動や思考を変えて頭から追い出す練習を始めた。
パワハラ上司の顔が浮かんだら、おしっこに行く
パワハラ上司に舌打ちされたことを思い出したら、甘いものを食べる
パワハラ上司に人格を否定され、とても悲しい気持ちになったら、帰りの車の中で大声で広瀬香美の「ロマンスの神様」を熱唱する。
このようにして、少しずつ僕の頭の中からパワハラ上司を追い出していった。
それなりに時間はかかったが、最終的には直接会っているとき以外はほぼ考えずに済むまでに鍛錬することに成功した。
僕の読み通り、パワハラ上司はいじめがいのなくなった僕への興味を徐々に失い、最終的にはあまり何も言ってこなくなった。
今でもパワハラ上司への憎しみが完全に消えたわけではないし、死後裁きに合えばいいと思っている。
しかし、このハードモードな日々を生き延びたことで、自分の機嫌を自分で取れるようになったのは想定外の収穫だった。
あの頃、泣きたい夜も、挫けそうな日々もいつも側で寄り添ってくれた彼女には本当に感謝しかない。
ありがとう
ロマンスの神様
