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「生きている」と確認してしまう朝の話

朝に浮かぶ「生きている」

パニック症と診断されるまで、時間がかかった。

そのあいだ、私はずっと
「命の危機」だと思っていた。

発作のたびに、本気で終わると思っていたし、
このまま寝たら目が覚めないのでは?とも思っていた。

今思えば、脳が全力で誤作動していたのだけれど、
当時の私は本気だった。

だからだと思う。

いまでも、朝起きた瞬間、天井を見ながら「生きている」と確認している自分がいる。

「生きている」

嬉しいわけでも、絶望でもなく、
ただ確認みたいに。

(ああ、今日も続きがあった)

そんな感覚。

危険は去っている。
発作が再発しているわけでもない。

それでも、朝いちばんに浮かぶ言葉が
「生きている」だと、少しだけ重い。

脳のどこかが、
まだ「今日も無事だった」と報告しているみたいで。


夜もときどきそれが来る。

眠る直前、昔の感覚がよぎることがある。

このまま寝たら、ちゃんと目が覚めるんだろうか。

不安で眠れない、というほどではない。
でも、かすかに残る。

トラウマというほど強くもないし、
しがらみというほどはっきりもしていない。

ただ、身体が覚えているもの。

自分の感覚がぼんやりしている朝や夜ほど、
その“昔の私”に少し引っ張られる。

引っ張られすぎると、
一日がなんとなくすっきりしない。


だから私は、わりと早めに起き上がる。

カーテンを開けて、
水を飲んで、
身体を動かす。

脳を今に戻すための、軽い作業。

でも、これで全部が消えるわけではない。

「どうしたら、もっとすっきり起きられるんだろう」

そう思う日も、まだある。


昔は本当に命の危機だと思っていた。

いまは、そうじゃない。

朝に浮かぶ「生きている」は、
今の私の本音というより、
あの頃の私の名残なんだと思う。

完全に消えなくてもいい。

あの時間を本気で生き延びた証みたいなものだから。

引っ張られる日があっても、
いまは戻ってこられる。

それだけで、十分回復しているのかもしれない。


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