狂乱ドッペラー 2話
「本当に俺か? おお、俺だな」
鏡に映る自分を見て、ルイは自分の肌を触ってドッペラー状態であることを実感する。手足を動かしてみるが、自分の身体のように何一つ違和感がない。
覗き込むように鏡に映るアラン。
「お〜、さすが、ホムンクルスのドッペラーは一味違うね」
「そういや、お前のドッペラーも異質だったな」
「異質じゃなくて特別ね。ほら、時間がないよ!」
アランはルイの背中を力強く押す。
「ちょっと待て!」
ドゴッ!!
ルイは、今までにないほどの力でコンクリートの地面に足をめり込ませる。
「え、なに? どうしたの?」
「この試合は、賭け奴隷も見てるのか」
「そりゃあ、自分の未来が掛かっているから見れるようにはなってるよ」
ルイは、バツの悪い表情を浮かばせた。
「何か……顔を隠すものをくれ」
「……?」
アランに渡された仮面をつけたルイは、死闘場へと足を踏み入れる。
刹那、身体がゾワゾワと奮い立つ。
観客の声による振動が心臓にまで伝わってくる。
これが死闘場なのかと、ルイは息を呑んだ。
「ああん? まだ交代の戦士がいたのか? どいつもこいつもアリみてーな新人戦士ばっか出しやがって、なめてんのか?」
声をする方へと目を向けると、大きな斧を持った大男がこちらを見て不機嫌そうにしていた。他にも3人の戦士がいた。
「あらあら〜! 最後の戦士はどんな僕ちゃんがくるのかと思ったら、いい男じゃな〜い。試合延長おねがいしまーす」
「やめてください。延長ほど無意味な時間はありません。早く首を取って試合を終わらせましょう」
「ラストの一人ならボク休んでていい〜?」
各々がのんきに話す。
刹那、ルイの耳に、いつの間にか装備されていた通信機から声が流れる。
『もしもーし? 聞こえるー?』
「なんだよ。クズ龍」
『よし、聞こえてるね』
アランは軽い声色で、ルイに説明する。
『試合のルールは知ってるよね?』
「知ってる。目の前にいる呑気な奴らの首を飛ばせばいいんだろ」
相手の四人に聞こえるほどの声量で、ルイは目の前の敵睨む。相手戦士は、涼しい顔を崩してはいなかった。しかし、うっすらと血管が浮かび上がっているのがわかる。
『じゃあ、戦いながらルールを確認していこうか。正直、君がルールを把握しているとは思えないからね』
「……」
確かに、細かいことまでは知らない。ルイは沈黙した。
刹那、地面から勢いよくフサフサと緑の植物が生えてくる。
「……!?」
『それじゃあ、第一問。このように戦う環境が変わるのは、なーぜだ?』
「そんなの……!」
素早い判断で、伸びてくる木に手をかけて、上に上がる。
「圧倒的に、相手が有利だからだろ」
『正解。チームの情勢が有利だと、地形がそのチームの戦いやすいように環境を変えるんだ。面白いよね。次、第二問』
背後から二人の戦士がルイに襲いかかる。
『敵の背後から襲いかかっていい人数は?』
微かな空気の乱れを感じたルイは、敵の攻撃を避け、流れるように木から落ちる。
「二人までだろ……!」
その際、太い木の枝を折り、木々の下で待ち伏せをしている残り二人の戦士に向けて、目眩しとして投げる。
しかし、二人の戦士は、眉をぴくりとも動かぬ冷静さで、太い木の枝をを細かく切り刻む。
『もし三人が背後から攻撃したら、ペナルティーとして雷が落ちるから要注意だよ。今の君には関係ないけど、あっはは。じゃあ、正面だったら?』
次から次へと投げられる質問に対して、ルイは躓くことなくスラスラと答える。
「正面からだったら、何人でも」
ルイがそう言った時、敵に前後二人ずつで囲まれている状態だった。そこで、あることに気付く。
「なあ。なんで俺には武器がない」
相手戦士はみな、一つは武器を持っている。
「……」
不可解な沈黙が、ルイに疑心を抱いた。
「おい、まさか、わざと負かせるために武器を持たせなかったわけじゃねーだろうな」
『……ごめん。普通に忘れてた』
「もっと最悪だな」
本当に申し訳なさそうなアランの声に対して、ルイは静かに血管をおでこに浮き上がらせた。
『でも、忘れて正解だったよ。ここで勝たれちゃったら、君は家族は取り戻して、戦士にならないだろうからね』
ルイは、今にも理性を手放しそうになった。
「この試合が終わったら、次はお前だからな」
しかし、アランは声色を変えず、言葉を続ける。
『それに……ちょっと見たみたいんだよ。理性を失った怪物っていうのを』
「あ?」
『僕らホムンクルスは、窮地に立てば立つほど、化けの皮が剥がれるらしいよ』
「……らしい?」
『うん。僕はまだ窮地に立ったことがないから、ドッペラー状態のホムンクルスがどこまで怪物になれるのか知らないんだよね。でも、今の君はなれるかもしれない』
その時、むかしのことを思い出した。
本能が赴くままに生身で殺し合っていた時代を。
『血と暴力に快楽を感じる僕らにとって、ここは絶好の場だと思わないかい? たとえ、残酷に、無慈悲に、ぐちゃぐちゃに殺しても誰も咎めない。死んでも、また殺し合える。痛みさえも愛おしくなる。この感じ、君も分かるだろ?」
「……」
煽られているとわかっていても、無意識に口角が上がってしまう。アランの言葉に乗せられて、徐々に鼓動が加速する。
アランは、いつもの軽やかな声色を変えて、狂気と笑みを感じさせる声色で言った。
『さあ、血と踊ろうじゃないか』
ドクン、と心臓が胸を打つ。
ふつふつと湧き上がる熱が、ルイを興奮させる。
ルイは、四人の戦士に言った。
「正面から四人同時にかかってきてくれないか。じゃないと窮地に立てねえ」
大男は呆れたように笑った。
「っは。大したことしてねーガキが何言っ――っ!?」
ルイは、大男の言葉も聞かずに距離を詰める。ちょうど鋭くなっている爪で、大男の口の中に突っ込む。指を曲げて、そのまま下顎を貫通させると、数万人の観客が悲痛を感じさせる声をあげる。
次に、大男のこめかみに蹴りを食らわせると、観客の声は徐々に歓声に変わっていき、場が盛り上がった。
大男の隣にいた気怠げな男は、瞳の色を変える。その時、アランの死闘講座が再開された。
『第三問! ドッペラーの特殊能力には種類があります。その中でも、瞳の色を変える戦士には要注意。さて、彼はどんな能力でしょうか?』
「くそっ、ど厄介野郎だな」
ルイは瞳を閉じて、ただ、空気の流れに意識を集中させた。
『お〜英断。洗脳型のドッペラーは、目を合わせた状態で2度瞬きすれば、どんな奇妙な世界を見せられるかわからない。君のその判断は正しいよ。でも……』
ルイに飛ばされた大男が頭から血を流したまま、ルイに斧を振りかざす。
『一人の時に、目を瞑るのは自殺行為なんだよね』
微かに感じる、空気の乱れ。ルイは、その乱れを全て肌で拾い上げ、大きく体を動かし、斧を躱わす。
「こいつ……!」
「目を瞑るのは自殺行為? それは凡人の場合だろ」
そのまま目を閉じて、大男の体を這う。筋肉で無駄に大きい腕に自分の手足を絡ませる。ミシミシと鳴る皮膚の音は徐々にブチブチと音を変え、やがて、大男は野太い悲鳴をあげた。
「ぎゃあああああああ!」
ボトッと鈍い音と共に地面に落ちる大男の腕。カキンッと、斧が落ちる音。
その姿にルイは、ぐらっと視界を歪ませた。
懐かしい感覚に、体が震える。
刹那、ルイの頭に何かが貫通する。
「あ?」
重い痛みを感じる頭を触ると、手に血が付く。
『ちょっとちょっと〜、今の銃撃は避けるのが基本だよ。まあ、君は戦士の教育受けていないから、避けないか』
「そうだな。俺が受けたのは怪物になるための教育だ……銃撃は受けるものだって学んでる」
ルイは、徐々に笑い皺を深くさせた。
その後の記憶は曖昧だ。
ホムンクルスにとって、痛みはドーピング。
そして、興奮剤。
徐々にテンションが上がっていき、本来の目的も忘れて無我夢中に戦うルイの姿は、観客の目を釘付けにした。
しかし、厄介だったのは、ドッペラー状態になった際に出現する戦士の能力。まだ自分の能力が発覚していないルイにとって、自分の思い通りに戦況が進まないことは予想外だった。
刹那、アナウンスが入る。
「試合終了!! 勝者、フォルアス合衆国!」
5割の観客が歓喜し、5割の観客がルイに罵声を浴びせる。
その時、無我夢中になっていたルイはハッとした。
家族はどうなる? と。
心底、嫌になった。
殺し合うのに夢中で、家族のことを忘れていた自分が。
『おかえり。我が同志よ』
アランが、歓迎の言葉を述べる。
もちろん、歓迎に反抗する言葉を吐こうとした。
しかし、興奮し切ったルイにとって、家族が連れて行かれてしまう悲しみでさえも、快楽に変わってしまう。
いつの間に千切れていた、右手と左足。
自分が大きなダメージを受けていたこと忘れるほど、無我夢中に殺し合ったのは初めてだった。
何もかも自由な闘い方をしたのは初めてだった。
血濡れた涙を流しながら、口角を上げる。
もう何がなんだか分からなくなったグチャグチャの感情で、ルイはアランの声に応える。
「俺を戦士にしたこと……後悔するぞ」
アランは満足気に笑う。
『ああ、後悔させてくれ』
