狂乱ドッペラー 3話
翌日。
元々そんなにボロくはないはずの自分の家。
誰かが無理やり家族を連れて行ったであろう乱暴な痕跡が残されてある。
脚が折られた椅子や、溢れている夜食のスープ。
家族がどのように無理やり連れて行かれたのかが、容易に想像できる。
ルイは、ヘリンが置いて行った靴を手で拾う。片方しかないことが、なんだか苦しかった。
「いや〜、派手に連れて行かれたみたいだね〜」
いつもの軽く単調な口調でアランは言う。
「全部、お前のせいだろ」
こんなことになった事の発端をたどり、ルイは乱暴にアランの胸ぐらを掴む。そのまま睨みつけるが、これ以上のことはできなかった。
口が笑っていても、アランの目が笑っていない。たった数秒の睨み合いでわかる。同じ人造人間であるからこそ感じる、力量の差。
ルイは、舌打ちをして胸ぐらから手を離した。
「いいね。強敵に対して、ちゃんと身の程をわきまえる感じ」
「……今だけだ」
ルイは、荒れた部屋の中を見渡して、初めてこの家に来た時を思い出す。
「あ、起きた! お母さんお父さん! 起きたよ!」
重い瞳を開けると、こちらを覗き見て、突然大声を出す少女。
ルイは驚いて、すぐにベッドから抜け出し、少女と距離を取る。
「だ、誰だ……!?」
のちに姿を見せる二人の男女。
隙を見せぬようにと睨みつけるが、二人は動揺せずに言う。
「身体はもう大丈夫かしら? 傷口開いちゃうから、あまり動いちゃダメよ」
「お腹空いてないか? 君がすぐ回復できるようキジを狩ってきたんだが……肉は好きか?」
訓練施設にいた大人とは全然ちがう大人。
暖かい。
怖くない。
初めて持つ感情に、ルイは混乱した。
この時、どう言葉を出せば良いのか。
目線をどこにすればいいのか分からず、目をキョロキョロさせる。
その時、少女がそっとルイに近づく。
そして、きゅっとルイの指を握る。
「わたしヘリン。お兄ちゃんのお名前はなーに?」
パンッ!!
手を叩く音が、ルイを現実に引き戻す。
「余韻に浸ったことだし、そろそろ学校に行くよ!」
アランの言葉が、ルイの思考を数秒とまらせる。
「……はあ!? なんで俺が?」
「あっはは、いい反応。座って無駄な勉強をする意味での学校じゃないよ。立派な戦士になるための学校さ。ちなみに僕が校長なんだ」
「学校に通ってる場合じゃねえんだよ。俺は今すぐにでも次の試合に――」
「昨日、なんで負けたか分かっていないようだね」
アランの冷たい声に、ゾクッと肩を振るわせる。
記憶は曖昧だが、敗北で終わってしまった昨日を思い出す。ルイはぎゅっと奥歯を噛み締めた。
「まあまあ、戦士養成学校に行くのにもちゃんと理由があるんだよ。目的は二つ。一つ目は、ドッペラー状態の能力を明らかにすること。君も分かっているだろうけど、昨日の敗因だね。そもそも自分の能力も分かっていない戦士はドブネズミ以下だよ」
「チッ」
「二つ目は〜……学校に行ってからのお楽しみだね。さあドブネズミ君! 校長である僕が、学校までエスコートしてあげよう」
そう言って、アランは乱暴にルイの首根っこを掴み、学校まで引きずった。
「ということで、彼を入れて一度練習試合をしてほしいんだ」
学校内の訓練場に集めた生徒三人に、アランは言った。
「校長先生……急に知らない子をチームに入れて戦えって言われても困ります」
いかにも男子よりも優位に立ちたがりそうな女子生徒が言う。その隣で、冷たい雰囲気を纏った男子生徒がルイをスキャンするようにジーッと見る。
「(仲良くできなさそうなタイプの人間どもだな。でも、一番厄介そうなのは……)」
ルイは盗み見るようにチラッと、ある男子生徒に目線を向ける。
「大丈夫だ皆! 俺たちならすぐに適応して、さらに最高のチームになれるはずだ!」
瞳をキラキラと輝かせ、良かれと思ってしたことが最悪の結末を招いてそうな熱血男が言う。
ルイにとって、グイグイ来る熱い男が一番の苦手なタイプ。ため息を吐く。すると、熱血男はルイの肩を持ち、距離を詰める。
「ため息すると幸運が逃げるらしいぞ! 俺はハヤテ! よろしくな! 君について何も知らないが、俺は君と出会えて嬉しいぞ!」
呆れた目で、ルイはハヤテを見る。
「お前だけな。おい、もっと他にマシな奴らはいないのか」
サラッと拒絶し、ルイはアランに助けてくれという目線を送る。
しかし、アランはそれを楽しんだ。
「あれれ、ここでは猫被らないの? 初めて僕に出会った時みたいに」
「コイツらとは、あまり馴れ合いたくねえ。あと、いま猫被ったところで、俺になんのメリットがあるんだ」
ルイの突き放すような言葉で、空気が一瞬つめたくなった。実に気まずい空間になってしまう。そんな中、アランは笑って、場を和ませた。
「あっはは。皆ごめんね〜。彼は猫被りのツンデレでさ、たとえ嫌味言われてもそれは愛情表現だから、君たちが許してあげてね」
「はあ!?」
アランが生徒たちにそう言うと、残りの二人がルイに寄り添う。
「なんだ、性格最悪のカス野郎かと思ってたけど可愛げあるじゃない。私スイレン。よろしく」
気の強そうな女子生徒スイレンは、無理やりルイと握手する。
「俺はソウタ。面倒くさいのは嫌いじゃないから、君のその態度は許せるぞ。よろしく」
冷たそうな男子生徒ソウタが、ルイの肩にポンッと手を置いた。
予想外の展開に、ルイは眉間にシワを寄せた。
「(クソ……! やりにくいな……!)」
その時、聞き覚えのある声がする。
「副大将〜、来たぞ〜」
声のする方へと目線を向けると、ルイは声の主であろう男にバチッと目を合わせた。
声の主はルイを見た途端、声を上げる。
「ああ! お前は!」
「うわ、あん時の脇役ギツネ」
練習試合の相手は、つい昨日ルイを捕まえようとした戦士たち。
「誰が脇役だ!! 俺の名前はラオだ! 覚えておけ!」
「いい名前だな。脇ギツネ」
「コイツッ……!」
物怖じしないルイと煽られやすいラオの喧嘩が今にも始まりそうになる。しかし、アランのわざとらしい咳払いで、一瞬でその場は静まる。
「さて、練習試合を始めようか」
両者、ドッペラー状態になり、訓練場の中心にて向かいあう。今回はルイにも武器を与えられた。しかし、どの武器が一番最適か分からないため、仮として刀を持たされる。
ボソッとスイレンが言う。
「いくら練習試合といっても、現役の戦士と戦うのは流石に緊張するわね」
「そうか? 俺は、自分たちの戦い方がどこまで通じるのかって考えるとワクワクするぞ!」
「ハヤテの感覚は、ズレてんだよ」
スイレンの呟きから始まり、隣で3人が和気あいあいと会話をする。ルイは、その会話を聞き流しながら自分の能力について考えていた。
「(能力を出現させる、か……一体どうやってするんだ? 早く明らかにして、早くみんなを…)」
家族の顔を思い出すルイ。
その時、実況室のマイクを通して、アランの声が訓練場に響き渡る。
「あ、あ、聞こえるー? あ、聞こえてそうだね。言い忘れてたけど、負けた方は精神的にキツいペナルティがあるから頑張ってね〜」
全員の顔色が一気に青くなる。
「それじゃあ、始めよ!!」
開始の合図として、鐘の音が鳴る。
刹那、両者同時に大きく後退する。距離を取るように。
「っんぐ……!」
何も知らないルイは、ハヤテに首根っこを引っ張られ一緒に後退させられる。その間に訓練場の地形は歪み、視界を邪魔する岩の柱が数多く出現する。
「急に何すんだ!」
「最初は有利不利もないから、地形が複雑に変化するんだ。だから、まず状況を把握! 君はルールを知っていそうだが、戦い方は知らないようだな! これから僕が指示を出すから勝手に動かない方がいいぞ!」
指示されるということにカチンときたルイは、ハヤテに言った。
「俺は信用できない相手の指示は聞かねえ……よっ!」
ハヤテの手から逃れ、ルイは素早く柱の上に登る。
そして、敵を探す。
「(早く自分の能力をハッキリさせたいんだよ。指示なんぞ待ってられるか)」
その時、何かに引っ張られたかのようにグラッとバランスを崩した。
「なんだ!?」
柱の上から落ちてしまい、ルイは背中を地面にぶつけた。
「ッ……! 誰だ!」
「俺だ!」
「……」
ハヤテが堂々と言う。
あまりにも潔い自己申告に、ルイは何か言い返す気にもなれなかった。
「俺の能力は磁力を操るんだ! さっき君に触れた時、君に磁力を付与させてもらった!」
「……つまり、お前の能力で俺は今、ダメージを負ったのか?」
「そうだな! 頭いいな君!」
ルイは、悪気のなさそうなハヤテを見て、確信した。
「(……コイツ嫌いだ)」
その後も、ルイはハヤテの目を盗んで、自分なりに戦おうとした。しかし、何度もハヤテの能力で引き戻される。
はやく能力を出現させたいのに、思うように戦えない。
殺し合う快感をもう一度味わいたい。
しかし、全てハヤテに邪魔される。
じわじわと腹立ちとじれったさで、頭に血がのぼっていく。
刹那、ルイはハッと思い付いた。
「(そうだ、まずコイツを殺せばいいのか)」
なぜ、こんな簡単なことに気づかなかったのかと、ルイは自分の頭を叩いた。
初めて刀を抜き、ルイはハヤテに向ける目の色を変えた。
一方、現役戦士チームである水使いのレインに通信が入る。
『レイン、聞こえる?』
「……! 副大将。どうしました?」
『僕と選手交代してくれる?』
「え、副大将が入るんですか? ズルになりませんか?」
『大丈夫さ。手加減するし、一瞬だけだから』
「ちなみに、何する気ですか?」
少し意味深な間を開けて、アランは答える。
『ちょっとした……問題児との面談さ』
その言葉を聞いたレインは、ゾッと身を震わせた。
