幸せになるために頑張って、幸せを先延ばしにしていないか
「もっとお金があれば幸せになれる。」
そう考えたことがある人は、多いのではないでしょうか。私自身も、その一人です。
実際、お金は大切です。生活費や子どもの教育費、将来への備え。毎日の暮らしに余裕がなければ、心の余裕を持つことも難しくなります。
だからこそ、「もっと稼ぎたい」と思うことは、決して悪いことではありません。お金は人生の選択肢を増やし、自分や大切な人を守ってくれるものだからです。
一方で、私は最近、ひとつの疑問を持つようになりました。
私たちは、どこまでお金を求めれば幸せになれるのでしょうか。
もし幸せを「今よりもう少し先」に置き続けているのだとしたら、私たちはいつまでも満たされないまま生きていくことになるのかもしれません。
最近、『PERFECT DAYS』という映画を観て、私は「幸せとは何か」を改めて考えるようになりました。
「もっと」の先には、また「もっと」がある
私たちは、幸せになるために働いています。
給料が上がれば、今より生活に余裕ができる。欲しかったものを買うこともできる。家族との思い出を増やすこともできるでしょう。
しかし、不思議なことに、「これで十分だ」と思える瞬間は、それほど長く続きません。
年収が上がれば、次はもっと高い年収を目指します。広い家に住めば、さらに良い家が目に入ります。SNSを開けば、自分より豊かな暮らしをしている人が、いくらでも見つかります。
もちろん、向上心を持つことは悪いことではありません。私自身、もっと稼ぎたいと思っていますし、家族と旅行に行ったり、新しいことに挑戦したりするためにも、お金は必要だと感じています。
ただ、最近、ひとつ思うことがあります。
私たちは、幸せになるために努力しているつもりで、実は幸せを先延ばしにしているのかもしれません。
身近な例で言うと、貯金や投資をして資産が少しずつ増えてきても、見えない将来の不安から「もっと貯金しなくては」と思ってしまいます。
以前、古くなったTシャツを買い替えたことがありました。
本来は、それで目的を達成したはずです。ところが、新しいTシャツを着てみると、今度はそれに合うパンツが欲しくなり、後日、買う予定のなかったパンツまで買ってしまいました。
手に入れたものは、いつしか当たり前になります。そして、満たされたはずの心は、また次の「もっと」を探し始めます。
もしかすると、幸せになるためには、未来に目を向けるだけでなく、すでに自分の手の中にあるものにも目を向ける必要があるのかもしれません。
『PERFECT DAYS』を観て、外の空気が気持ちよかった話
最近、『PERFECT DAYS』という映画を観ました。
東京で公衆トイレの清掃員として働く主人公・平山の日常を描いた作品です。本編では詳しく語られていませんが、私は彼がもともと裕福な家庭で育った人物なのではないかと感じました。
映画の中の平山は、決して恵まれた生活を送っているわけではありません。毎日同じ時間に起き、同じように働き、予期せぬ出来事や嫌なことにも向き合っています。
それでも彼は、木漏れ日を見上げ、カセットテープの音楽を聴き、行きつけの店で食事をする。特別な出来事ではない日常の中に、静かな幸せを見つけながら生きていました。
映画を観終わった翌日、私はいつも通り外を歩いていました。
そのとき、ふと意識して外の空気を吸ってみました。
すると、不思議なことに、いつもと変わらないはずの朝の空気が、少しだけ気持ちよく感じられたのです。
もちろん、映画を一本観ただけで人生が変わるわけではありません。仕事の悩みもありますし、家事や育児に追われる毎日も変わりません。
それでも、私たちは「もっとお金があれば」「もっと時間があれば」と、まだ手に入れていないものばかりを見ているうちに、すでに持っている幸せを見落としているのかもしれません。
平山のような生き方をするべきだと言いたいわけではありません。
ただ、幸せとは、大きな何かを手に入れた先にあるものだけではなく、目の前の日常を味わう力の中にもあるのではないか。そんなことを考えました。
20歳の自分が、今の私を見たら
少し想像してみました。
もし20歳の頃の自分が、今の私を見たら、どう思うだろうかと。
おそらく、結婚して家族がいることを羨ましく思うはずです。当時の私は彼女もおらず、まさか自分が父親になるとは想像もしていませんでした。
休日には家族と出かけ、子どもたちの成長を見守る。20歳の自分からすれば、十分に幸せそうに見えるかもしれません。
一方で、「大変そうだな」と思う部分もあるでしょう。
仕事が終われば家事や育児が待っています。自由に使える時間は、学生時代や独身の頃と比べると、圧倒的に少なくなりました。
20歳の頃の私は、休日の予定が埋まることを楽しんでいました。
しかし今は、家族との時間を確保しながら、自分の趣味の時間をつくることの難しさを感じています。
不思議なことに、20歳の頃に欲しかったものの多くを手に入れたはずなのに、今一番欲しいのは「自由な時間」です。
映画を観る時間。音楽に触れる時間。友人と食事をする時間。そして、何も考えずに外の空気を吸う時間。
もちろん、今の生活を後悔しているわけではありません。
ただ、何かを手に入れるということは、同時に何かを手放すことでもあるのだと思います。
家族を持ち、責任が増えた今だからこそ、限られた時間の価値を、昔より強く感じるようになりました。
83歳のおじいさんの言葉
最近、近所に住む83歳のおじいさんと話す機会がありました。
その方は、「今日も生きていることに感謝しているんだ」と、穏やかに話していました。
その言葉を聞いたとき、私は少し驚きました。
20代の頃の私なら、「もっとお金が欲しい」「もっと自由な時間が欲しい」と考えることはあっても、「今日を生きていることそのもの」に感謝することは、あまりなかったと思うからです。
もちろん、その方がどのような人生を歩んできたのか、私は詳しく知りません。
それでも、83年という長い年月を生きてきた人が、「今日も生きていることに感謝している」と話す姿に、私は言葉の重みを感じました。
おじいさんの言葉を聞いて、私は「年を重ねたとき、自分のそばには誰がいるのだろう」と考えました。
最近、自分が80代になったときのことを想像するようになりました。
もし未来の自分が、今の私に何かを伝えられるとしたら、きっとこう言う気がします。
「今のうちに、人とのつながりを大切にしておきなさい」と。
正直に言うと、私は将来、孤独になることを怖いと感じています。
仕事や子育てに追われるなかで、新しい人間関係を築く機会は、20代の頃よりずっと少なくなりました。
だからこそ、おじいさんの言葉が頭から離れなかったのです。
私は、お金や成功を求めることを否定したいわけではありません。
ただ、人生の最後に振り返ったとき、本当に大切だったと思うものは、銀行口座の残高ではなく、一緒に笑った人たちとの記憶なのではないでしょうか。
「満足」と「向上心」は両立できる
ここまで読んで、「今の生活に満足して、現状維持で生きていけばいい」と感じた方もいるかもしれません。
しかし、私が伝えたいのは、そういうことではありません。
私は平山のような生き方をしたいわけではありません。
それでも彼は、「何を持っているか」ではなく、「何を感じ取れるか」で幸せを見つけていたように思います。
だからこそ、映画を観た翌日、いつもの朝の空気が少しだけ気持ちよく感じられたのかもしれません。
私は、家族との旅行もしたいし、もっと稼ぎたいとも思っています。映画や音楽に触れる時間も増やしたい。新しいことにも挑戦したいと思っています。
お金を稼ぐことや、より良い生活を目指して努力することは、決して悪いことではありません。むしろ、自分や大切な人の人生を豊かにするために、とても大切なことだと思います。
ただ、ひとつだけ気をつけなければならないことがあります。
それは、「幸せは次の目標を達成した先にある」と思い込まないことです。
「あと少し稼げるようになったら」「もう少し時間に余裕ができたら」。そうやって幸せを未来に置き続けていると、私たちはいつまでも今を楽しめなくなってしまいます。
だからこそ、今ある幸せを感じることと、未来のために努力することは、どちらか一方を選ぶものではないのだと思います。
休日に家族と出かけること。
友人と食事をすること。
映画に夢中になること。
朝、外の空気を気持ちいいと感じること。
そんな小さな幸せを味わいながら、次の目標に向かって歩いていく。
それが、人生を豊かにするひとつの方法なのかもしれません。
私自身、まだ答えは分かりません。
それでも、いつか83歳になった自分が、「悪くない人生だった」と思えるように、今ある幸せを見落とさずに生きていきたいと思っています。
私は『PERFECT DAYS』を観た翌日、少しだけゆっくり外の空気を吸ってみました。
もしこの記事を読んでくださった方がいたら、今日、5分だけ立ち止まって、自分の身の回りにある幸せを探してみてください。
今日、外の空気をゆっくり吸ってみる
最近会っていない友人に連絡してみる
寝る前に、今持っている幸せを3つ思い浮かべる
幸せは、まだ手に入れていないものの中だけにあるわけではありません。
今あるものに気づきながら、次の目標に向かって進んでいく。
それが、私なりに考えた「幸せに近づく方法」です。
