【小説『われても末に』】4 救出
明け方、オリバーは出発した。
東の空がわずかに白み始めている。馬に鞍を置いたとき、胸元で玉佩が小さく触れ合った。
それが、出発の合図のように思えた。
——なぜそんなことを考えたのか、自分でもわからない。
人通りの多い、通りなれた道は、区画整理のため封鎖されていた。オリバーは、国境線に沿った街道を行くしかなかった。
町を抜け、街道に出ると松の並木道が続いている。この松の木が途切れたところが、アイナン王国との国境になっている。
松の葉が風に揺れている。首から下げた玉佩が、歩みに合わせて僅かに触れ合った。頭の中に、昔母が歌っていた詩が思い浮かぶ。無意識のうちに、オリバーは詩を口ずさんだ。
海へ吹きにし松の風
梅の香にほひける夕暮れぞ
契りし者たち来たりけり
われても末にあはむとぞ思ふ
途中、馬に水を飲ませる必要があった。それと同時に、オリバーは地図に記された川を確かめたいと思っていた。川辺に降り、馬に水を飲ませるついでに、少なくなっていた自分の水筒の水も満たそうと、水筒を川の水に浸した時だった。
目の端に、何かを捉えた。少し先の、背の低い乾いた草むらのなかに、何かいる。はじめは、動物か、大きな麻袋かと思った。
しかし、近づいてよく見ると、それは人だった。
うずくまって倒れている。
見たところ、十四か十五くらいの少女といったところか。全身びしょ濡れで、金髪の長い濡れた髪が、青白い顔に張り付いている。
オリバーは、背骨が凍りついたかと思った。
恐る恐る、倒れている人の近くへ寄る。
呼吸と鼓動を確かめ、顎を支えて身体を横にすると、少女は水を吐き出して激しく咳き込んだ。
オリバーは急いで馬を連れ、松林で火を起こした。外套を羽織らせ、濡れた衣を替えさせる。
一体どれくらい時間が経っただろうか。少女が
「水……。」
と小さく声を出した。
オリバーは水筒を取り、少女の口元へやった。
少女は、水筒の中身を少し口に含んで、それから少しずつ飲み始めた。
「ありがとうございます。」
ここで何を聞くべきなのか、オリバーにはわからなかった。生きていると確認できた途端、次の一歩に迷った。
オリバーは、「そうだ」とバッグから包みを取り出した。
「何か食べ物でも……。 悪いけど、持ち合わせているものがこれしかなくて……」
包みをほどき、中から取り出したものは干した芋だった。
少女は芋を手に取ると、一口かじる。
「……これは」
そう言うと、黙々と食べ続け、しまいには全て平らげてしまった。小さな身体に見合わず、少女の生命力の強さにオリバーは驚かされた。
「美味しかった……」
以前よりもしっかりした声で少女は言った。オリバーは、少し安心した。
「では、これで」
少女は立ち上がった。しかし、すぐにぐらついて、松の木にもたれ掛かる。
「まだ無理をしない方がいいです。」
オリバーは、少女を支えるようにして座らせた。
「どこかへ行く予定で?」
少女は、答えない。
「あなたは、どこへ?」
「僕は、アイナンに向かう途中です。担当教授の発掘調査に同行する予定で」
少女は、黙っている。
「良かったら、目的地の近くまで送っていきましょう」
待ち合わせは午後なので、時間はまだある。少女は少し考えた後、
「……ゾルガ王国までお願いできるかしら……?」
オリバーは、一瞬悩んだ。ここからゾルガ王国まで少し距離はある。しかし、アイナンは小国なので、急げばなんとかなるかもしれない。
「わかりました。……そういえば、何と呼べば?」
少女は、しばらく沈黙したあと、
「……コーディリア」
と呟くように言い、外套のフードを深々と被った。
「このまま、行かせてくださる?」
庶民があまり使わないような、上品な口調に違和感を覚えたが、オリバーは何も言わず、頷いた。
