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「信頼していた」では済まされない

日本フルハップの『まいんど6月号』で、「高齢者の労働災害防止は事業者の義務」という記事を読んだ。

人生100年時代と言われるようになり、働く高齢者も増えている。それに伴い、転倒や転落などの労働災害も増加傾向にあるという。今年4月に改正労働安全衛生法が施行され、高齢労働者の労災防止措置が事業者の努力義務として位置付けられたそうだ。

記事の中で興味深かったのは、「閉眼片足立ち」という簡単な体力チェックである。目を閉じて片足立ちをし、その時間を測ることでバランス能力を確認するというものだ。高齢者の事故で多い転倒リスクの把握に役立つらしい。

大切なのは、この検査そのものではなく、「客観的に状態を把握する」という考え方だろう。

先日、名古屋で85歳の運転手によるスイミングスクール送迎バスの死亡ひき逃げ事故が起きた。また、磐越自動車道で発生した北越高校テニス部の遠征中の事故も記憶に新しい。

もちろん事故の直接的な責任は運転者本人にある。しかし、それだけで話を終わらせてよいのだろうか。

運転者の健康状態や運転適性、日常の業務状況を定期的に確認する仕組みがあったのか。危険の兆候を把握する機会はなかったのか。そうした点を検証するのも組織の責任である。

事故が起きた後に、「現場に任せていた」「長年問題がなかったので信頼していた」という説明を耳にすることがある。しかし、それは安全管理の観点から見れば十分な理由にはならない。安全は個人の善意や経験だけに頼るものではなく、組織として確認し、記録し、改善を続ける仕組みによって守られるものだからだ。

人は年齢に関係なく衰えもあれば、体調の変化もある。だからこそ定期的なチェックが必要になる。今回の記事を読みながら、これは高齢者だけの問題ではなく、組織が安全を守るための基本姿勢そのものを問う内容なのだと感じた。

「信頼していた」ではなく、「確認していた」と言える組織であること。その積み重ねが、事故によって失われるはずのなかった命を守ることにつながるのだと思う。あらためて事故の犠牲者の方々のご冥福をこころよりお祈りします。

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