環境を変えた娘が「毎日学校に行きたい」と言い始めた
晴れパン's noteを以前から読んでいただいている皆様。
ありがとうございます(ぺこり)
1年半前に、母子分離不安を発症したムスメに寄り添い続け。
半年前に、転校してから付き添い登校を続け。
その結果。
母子分離不安の緩解〜〜〜〜🎉

寛解・緩解:全治とまでは言えないが、病状が治まっておだやかであること。
【母子分離不安】に対して『緩解』という言葉が合っているのかは、分からないが。
(きっと、コレで終わりということはないだろう。)
そういう覚悟をしているので、個人的にはこの言い方でしっくりきている。
公立小学校では、私のメンタルを守るために『付き添い登校』はハッキリと断っていた。
学びの多様化学校に転校し、保護者ルームというステキな場所があったことで、半年〜1年を想定して『付き添い登校』を始めた。
ここで一つ、ムスメと約束事を交わしていた。
「ママは保護者ルームに居るし、不安になったら来てもいいけど。ママはクラス内で付き添うことはしないよ(ママも勉強したいから)」
ここで、一旦聞いて下さい。
これを正解だと言うつもりではないし、記事を読んでくださってるお母さん達に取り入れて欲しいことではありません。
答えなんてないのです。
ただ、うちはその方法でママ自身の心を守り、ムスメの分離をゆっくりとでもいいから促したかっただけ。
それだけです。
以前は不登校特例校と呼ばれていただけあって、学びの多様化学校では低学年で入学してくる子は比較的少なめです。
それでも、そこにいるはずのクラスメイトの顔と名前を一致させることが、転校後のムスメには難しかった。
おそらく、クラスメイトの認識をすることよりも先にすべきことがあったからなのでしょう。
【学校の雰囲気】【先生】【授業システム】など優先すべき順番が、ムスメの中にあったからなのだと思う。
年度が明けて、小学2年生になったムスメ🌸
「今日〇〇ちゃんと友達になった」「今日△△ちゃんと友達になった」
「◆◆くんがね、カエルを見つけてね・・・」
ついこの前まで名前を覚えることもできていなかった子の名が、話の中に登場するようになった。
それをいい傾向と捉えた私は、
「今日手続きあるから、送迎だけでいいかな?」
「お兄ちゃんのほうの用事があるから、今日はママ休もらっていい?」
そう伝え、ムスメの了承をもらい、付き添う日を減らしていった。
そんな中でも、仲の良い友達ができたことで「あした学校行くのが、めちゃくちゃ楽しみ〜!」とまで言うようになった。
1年前は、ママと息子とムスメと、どこにも行くことが出来ずに、どんよりと家の中で過ごしていたというのに…。
つい3ヶ月前まで「疲れるから3日連続行くのは無理だから!」と言って、必ず休みをはさんでいたというのに…。
「明日もママ、学校に居なくてもいい?」と聞いた今月。
『え?もう全然ママ居なくていいんだけど』
・・・・あ。そうですか。
離れるときは、きっとそんな風に言われるんだろうと思っていたけども(笑)
子どもの越える壁が、目には見えないから。
その壁がなんだったのか?
いつだったのか?
これは毎日寄り添ってくれていた先生たちにも、分からないことらしい(笑)
ムスメは『学校楽しいから、週5になったからね!』と宣言した。
そうですか。よかったね。
ママもこの半年、この学校で不登校を経験した多くの保護者と繋がれたことで、元気にさせてもらったよ。
引き続き送迎はがんばるよ。
ムスメに付き添っていたこの半年、ちょっとほったらかし気味だったお兄ちゃんの方に、今度は力を入れさせてもらうよ。
また周囲に変化があったときは、ママは心の待機はしておくから。
溜め込まないで、相談してくれよ。
大人になるまで、いや‥大人になっても人は成長を続ける生き物だから。
いろんなことを経験して、考えて、悩んで、乗り越えて、笑って、生きていきたいね。
誰かが落ちる姿を見ても、自分の人生は良くならない。
立ち上がる姿を見れば、あなたも立ち上がる勇気や前に進む力に変えられるようになるもの。
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