北海道の廃線跡探訪 番外篇 名寄本線補遺
1.ごあいさつ
ご訪問ありがとうございます。
北海道の廃線跡探訪 番外編 名寄本線補遺です。
名寄本線は、天北峠などの状況が変化しつつあるので、ほとんど収穫がなかった渚滑線の帰りに寄ってきました。
写真は特記以外2025年6月撮影です。
2.天北峠
天北峠の天北跨線橋は2024年に撤去工事が始まっていたが、橋は完全になくなり、路盤をまたぐ形で林道の築堤ができていた。

路盤も一ノ橋方、上興部方ともに工事はしていなかったが、一ノ橋方はやがてヤブとなり、上興部方は道路工事中にもみえるが、単なる残土置場のようにもみえる。


3.二の橋跨線橋
二ノ橋~幸成間の二の橋跨線橋の前後も国道が直線化され(町道を転用)、旧道に取り残された跨線橋は撤去直前だった。銘板によると、この跨線橋は1973(昭和48)年10月完成だから、半世紀経っている。
これで、興部までの名寄本線に残る跨線橋は、中名寄~上名寄間の中線跨線橋と興部手前の天北跨線橋(なぜか撤去された天北峠の跨線橋と同名)だけになった(上名寄~矢文間の上名寄跨線橋は2020年撤去済)。



4.下川
下川駅跡のキハ22は、宿泊施設(ライダーハウス)になっていたが、2020年に廃止、塗装の状態もだんだん悪くなってきていたので、これからどうなることかと危惧していた。
その懸念はうれしいほうへ裏切られ、緑色のラインがなくなり、首都圏色に塗り替えられていた(もともと首都圏色に緑色のラインを足しただけだった?)。白っぽかった屋根も灰色になっていた。
工事標識によると、地元業者の手になるものだが、色味も違和感なく、だいたいがおざなりにされる、ヘッドライト部分の朱色のまわりこみも、ていねいに塗り分けられていた。

レタリングも最低限しかないものの、きちんと国鉄字体になっており、保存車輌として立派なものになっている。
しいて難点をいえば、運転室、ドアや戸袋窓のHゴムも朱色になってしまっているが、まだ三角コーンがあって工事中だから、これから細部を塗るのかもしれない。2024年再塗装前はちゃんと灰色になっていたし。


バスターミナル内の鉄道記念ホールには、下川町内各駅の写真や通票閉塞器などの鉄道資料が展示されている。



5.中名寄
中名寄駅舎は前と変わらず、きれいに維持されている。駅裏農家の鉄道官舎や上名寄方の平和川の橋台もそのままだった。



今回はここまでです。
おしまいまで読んでくださり、ありがとうございました。
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