見出し画像

#06 2ヶ月前、すべてに必死だった私へ

まだ私が泊まりに行っていた3月末頃は、ずんちゃんのモコモコパジャマを借りていたのに、今や2人とも半袖半パンで過ごしている。

そんな5月の終わり。

この2ヶ月で、生活も、わたし自身も、たくさん変わった。

今日は、人生で初めての経験をさせてもらった2日間カフェを開催したきっかけや結びまでの出来事、感情、そしてこれからのことを書く。

1.「なんでロゴが必要なの?」

長岡でカフェをやることが決まった日、私はワクワクしながら家に帰った。

「カフェ、長岡で5/24、25でやることになったー!!もう決まったー!ロゴ、作って欲しい!」と言った私。

「なんで夢乃のカフェにはロゴが必要なの?なくても、カフェはできるのに。」と返した杏。

私は、「いや、なんかいるやろ。」と思ったけど、うまく返せなかった。

そこから私は、「私はどうして、カフェをやりたいんだろう?」を、本気で考え始めた。

鬼詰めてくる、キュートな杏(左)と、たじたじな夢乃(右)

2.“やりたい”の理由

そもそも私が、この日程でカフェをやろうと思った理由のひとつは、アメリカへ行く元旦那さんに来てほしかったからだ。

私が、「やる」と決めたことを、本当にやり遂げる姿を見てほしかった。

1ヶ月ちょっとの間、レシピ、試作、集客、HP作成、プレイリスト作成。

私は、静かに泣いているときも、一人作業をしているときも、友人と笑って時間を過ごすときも、ずっとお世話になったカフェがある。

どんな時もそこの店主さんは、私たちをそっと迎えてくれて、そっと送り出してくれた。

揺らめいたり、悩んだり、かと思ったらとてつもなく元気になったり。そんな私だから作れる居場所がある。今度は私が、訪れた人が「どんな状態で居てもいいんだ。」と感じるカフェを作りたい。

そう、強く感じた。

3.お菓子作りを再開した

その時間の中で、お菓子作りを再開した。

お菓子作りを通じて人との思い出が、たくさん蘇った。

小学生の時、私が作ったクッキーを食べた友達が「ゆめちゃんの作るクッキーはバザーで出せるね。」と言ってくれたことがあった。私は「売れるわけないよ。」と答えた。

中学生の時は、テストの前日にも作っていた。ちんすこうとスノーボールクッキーが私の中でブームだった。大量に作って、こっそりロッカーで配る。女子同士の楽しみだった。

高専の時も、友達カップルの記念日にチーズケーキを焼いたり、友達の誕生日に(日付を間違えていたけど)タルトを作ったり。あ、あとブラウニーやパンを焼いてみたり。ここでも「売れるよ!」と言ってくれたけど、「そんなの無理だよ。」って返した。でも、大切な人が喜ぶ顔を見るのは嬉しかった。

新潟にいた頃は、ディアマンクッキーと、バナナパウンドケーキを作るのが好きだった。

ディアマンクッキーのフォルムが好きで、バナナパウンドケーキは少しでもヘルシーにしたくて。

誰かの顔を思い浮かべながら作る時間が、好きだった。

東京に来てから、いつの間にかやめていた。

というか、忘れていた。

小学生の頃、「売れるわけないよ。」と答えた私が、ずっと心のどこかにいた。

でも今回、「売れるかどうか」より先に、「やり遂げたい」があった。

4.ずんちゃんがいた日々


いつもいちばんに食べてくれた。

試作をしている時間も幸せだった。

私がキッチンに立ち、ずんちゃんは机に向かって仕事をしている。

人生の話、恋愛の話、仕事の話、カフェの話。

そんなことを話しながら、私は仕事終わりや早朝、ずっとお菓子を作っていた。

ずんちゃんは、いつも「美味しい。」と言って食べてくれた。

何も言わずに、一番近くで応援してくれていた。

長岡へ向かう前日、私がキッチンで仕込みをしているとき、ずんちゃんが言った。

「私、どこかで夢ちゃんが羨ましかったんだよね。」

私は驚いた。

ずんちゃんも、お菓子づくりが好きだった。

でも、「自分にはできない」と、諦めた過去があった。

そこから私たちは、2人でやりたいことは、全部やろうと話した。

「失敗してもいいから、最後までやり切ろう。」って話した。

アプリを作ったり、yohaku.の商品を考えたり、
「ずんちゃんもクッキー売ろうよ。」なんて話したり。

バナナパウンドケーキを焼いている間、いただきもののよく分からないインスタント麺を食べながら、夜中まで熱く語った。

5.笑う時間が増えた

2ヶ月前の私は、生きるのに必死だった。

人と連絡を取ることすら苦しい時があった。

涙を流す日ばかりだったし、肌も荒れていた。

でも、カフェをやると決めてからの日々は、忙しなさの中に温かさがあった。「生きてもいいのかもしれない」と思えた。

笑う時間が増えた。

6.長岡で過ごした2日間

長岡では、たくさんの荷物を抱えて、深夜まで仕込みをした。

夜、原さんの家に着いて、12時間ぶりに座った時、足が見たことないくらいパンパンだった。

疲れていた。でも、気づいたら夢中だった。

私が好きな音楽を流しながら、トーストにクリームを塗っている瞬間。懐かしい顔が見えた瞬間。

その全部が幸せだった。

思わず、夏子に「幸せだね。」と呟いた。
夏子は、「ここで幸せって呟く人、初めて。」と答えた。

柔らかい味で好評だった!
ちくわのクリーミートースト。

7.涙が出た理由

2日間が終わって、お金をいただいた時、涙が出た。

ずっと張っていた緊張が、一気にほどけた。

不安だった。本当に怖かった。

でも、小さな勇気を振り絞って、「やってみたい」を無かったことにしなかった。

周りの人の力をたくさん借りながら、ここまで来た。

売上は原価を引いたらトントンだった。
でも、終わった瞬間そんなのどうでもよかった。

この経験には、お金にも、時間にも、なんにも変えられない価値があった。この貴重な経験は、私が作り出したんだ。

これからカフェを開催する数を重ねていくと、数字に目がいくかもしれない。お客さんが少ないと言うかもしれない。

でも、そうじゃない。

私がいいと思って、考えた空間で、スイーツを買ってくれる人がいる。時間を過ごしてくれる人がいる。

当たり前じゃない、ありがたさをずっと忘れずに、大切にしていたい。

8.「うるさいっ!!」と言った夜

「夢はどうなりたいの?」
「カフェは儲からないよ。」

原さんにそう言われた時、私は「うるさいっ!!」と、おしぼりを机に叩きつけた。

でも、私のことを心配して言ってくれていることを、本当は分かっていた。

こんなに真っ直ぐに伝えてくれる人がいることが、どれだけありがたいか、私は知っている。そして、原さんが忙しい中2日間連続で朝ごはんを用意してくれていたことも、知っている。

カフェにも2日間連続で来てくれた。応援してくれている。愛がある。

だから私は次の日、ちゃんと謝った。

大量の朝ごはん。お腹いっぱいよ!

9.私は、“やってみたい”を無かったことにしたくない

全部、自分次第なんだと思った。

自分が作ったものを「売れない」と思っていた私が、カフェをした。お客様が来てくれた。売り上げを作った。

怖いし、不安だし、自信もなかった。

でも私はもう、「やってみたい」を無かったことにしたくなかった。

夏子が居て、ずんちゃんが居て、「長岡に行っただけですごい。」と言ってくれる大切な仲間が居て、みんなのおかげでやり遂げることができた。

私はyohaku.を渋谷、長岡、芦屋、山口、福岡でも、やる。

海外編もやる。

私はこれからも、好きな人がいる場所で、yohaku.をひらいていく。

誰かが少し肩の力を抜ける場所。

「また明日からも前に進もう。」と思える場所。


10.2ヶ月前、すべてに必死だった私へ

自分のやりたいことは?
やりたいことがなくてはならないの?

もう、そんなのなくて、いいじゃん。

いや、でも、やっぱりやりたいことってなんだろう。

と、ずっと迷っていた私へ

やりたいこと、楽しいこと、見つかったね!
それは、私が答え探しをしなくなってから、見つかったね。

そして、私の周りにはこんなにも応援してくれて、サポートしてくれる人がいたね。

迷っていた私も、もういいやって諦めて好きなことを楽しみ始めた私も、
カフェやろうって決めてからの私も、どれも本当の気持ちで。本当の私で。

それでいいし、それがいいんだよと言いたい。

自分で選んだものを、正解にするために、思いっきり楽しんでいるから大丈夫。

そしてそれはこれからも。
1年後の自分がこれを見たら、また「大丈夫!楽しんでるから!」って言っていると思う。


⌛️yohaku. Instagram

💬yohaku. HP
yohaku-log.jp

いいなと思ったら応援しよう!