希望は残っているよ、どんな時にもね【渚カヲル #名言ノート50】
今回紹介させていただく名言はこちら!
「希望は残っているよ、どんな時にもね」
言った人
渚カヲル

どんな人?
渚カヲルは、アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』および『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』に登場する架空の人物で、エヴァンゲリオンのパイロットの一人です。ただ、人間側と対峙する使途であるという側面も持ち合わせています。
経緯
テレビ版と新劇場版で渚カヲルの目的は明確に異なります。今回は「希望は残っているよ、どんな時にもね」という言葉が発せられた新劇場版の渚カヲルにをベースに名言を紐解いていきます。
エヴァ新劇場版とは

新劇場版は『序、破、Q、シン』の4部構成になっています。ちょっとめんどくさいことを言うと、『序、破、Q』までは『エヴァンゲリヲン新劇場版:序/破/Q』なのに対しで『シン』だけ『シン・エヴァンゲリオン劇場版』なので、実は4部作ではなく3部作+1作なんですよね。『序破Q+シン』ってかんじです。
序が1で破が2でQが3でシンは3+1です。うーんややこしい!
なので4部構成と表記しました。
『序』と『破』はテレビ版の設定を部分的に変更しつつも、概ねストーリーラインはテレビ版に沿っているような演出で構成されていて、むしろ画質もキャラクターデザインも戦闘シーンも、というか何もかもがテレビ版より品質が高くなっていてエヴァ旋風をアニメ界に巻き起こした2作でした。
2部作となる『破』では、少しずつテレビ版との違いが目立ってきつつも、わかりやすいストーリーが展開されていきます。しかし!最後の最後で『明らかにテレビのエヴァとは違うストーリーになりそうな大事件』が発生し、その大事件のさなか幕が閉ざされます。
『破』は全体的にエンタメ性が高く、しかも視聴者側のボルテージがマックスになる最高のタイミングで『次回に続く!』となるので、次回作となる3作目に対するファンの期待は最高潮まで膨れ上がります。
超問題作『Q』

しかし!アニメ史に燦然と輝くエヴァンゲリオンという作品を生み出した庵野秀明監督には、一般視聴者の想像とは全くことなる景色が見えていました。そもそもまず『序破急』の3部作だと思われていた新劇場版の肝心の3部作である『Q』はタイトルが『急』ではなく『Q』だと発表されます。
そこで続編を待ち望んでいるファンは「んん・・・??」となったんですが、『序』と『破』の間が1年半くらいしかなかったのに対し、『Q』の公開がなかなか決まらないあたりから、「オイオイ・・・大丈夫か??」という雰囲気が漂ってきていました。なんせテレビ版のエヴァの最終回があれですからね。いや、私は個人的には大好きなんですけど。
序:2007年9月1日公開
破:2009年6月27日公開
Q:2012年11月17日公開
シン:2021年3月8日公開
そしていよいよ『Q』が公開されたのは『破』の公開から3年以上たったころでした。
待ちに待った『Q』を、当時20代中盤くらいだった私は、同じくエヴァファンの友達数人と映画館に観に行きました。そこで抱いた感想は
「なんでこうなっちゃったんだ・・・????」
というものでした。
空白の14年間

『破』は大事件のさなか幕を閉じ、その大事件がこれからどうなっちゃうの~~という最高の引きの状態で終わったで、ファンたちは『Q』は『破』の直後の話が見れる!!とずっと思って次回作を待ち望んでいたんですが、『Q』は何と『破』の直後からいきなり14年後のストーリが描かれます。
しかも物語全体のあとがきであるエピローグを冒頭に持ってくるというようなこじゃれたテクニックなどではなく、『破』から『Q』のあいだの14年間がすっぽり抜けた状態で、いきなり14年後『から』のストーリーが展開されていきます。
観客は完全に置いてけぼりです。しかも『Q』の演出として徹底されているのが、ずっっっと主人公の碇シンジの主観でストーリーが展開されていく構成になっています。
『破』と『Q』の間の14年間、シンジはエヴァ初号機の中に取り込まれていました。『Q』の冒頭のエヴァ初号機奪還作戦がきっかけで『Q』の冒頭で14年ぶりに目をさまします。ちなみに『エヴァの呪い』とかいうこれもまたいきなり『Q』ででてきた新しい概念によりシンジは全く年を取っていません。
いうなれば、バイト初日なのにいきなり1年で一番忙しい日のワタミのキッチンで働け!って言われているようなものです。全く状況は把握できないし、専門用語が飛び交う中、なんとかついていこうとするもシンジ君は結局「あんたはなにもしないでくれ」と言い放たれてしまいます。ひどいよミサトさん!!
ストーリーはシンジの主観ですすんでいくし、シンジは状況がさっぱりつかめない中、かつての仲間たちから「なにもするな」と冷たく言い放たれることで、観ている側のこちらの不快感もどんどん増していきます。
『破』の直後からはじまるスーパーエンタメ作品が見れると思ってニコニコで映画館にきたのに、いざ蓋を開けてみればいきなり『火垂るの墓』くらい重い空気感のストーリが淡々と続いていく・・・。
『火垂るの墓』を観に来るつもりで来てるんならまだしも、こっちはバキバキのエンタメ作品を楽しむメンタルで来ているので、マジで当時は『Q』を観ながら
「なんでこうなっちゃったんだ・・・????」
とずっと思ってました。
いや、きっと重い雰囲気は前半だけで、後半からきっと『破』みたいに楽しくなるはず!と期待しながら見てた人も多いのではないでしょうか。私もそのうちの一人でした。しかし『Q』は3年以上まったのにもかかわらず1時間36分と、場合によってはドラえもんの映画よりも短い、ミニオンズだと今回はちょっと長かったねぇくらいの尺しかない『短い』映画でした。
小学生の子供がいると映画の尺=子供向けアニメ映画になっちゃうのは自分だけでしょうか。笑
とにかく!後半はきっと・・・という淡い期待は簡単に裏切られ、しっちゃかめっちゃかな訳の分からない状態が序盤から後半まで終始展開され、最初から最後まで「なんでこうなっちゃったんだ・・・????」という感想は変わらなかったです。
『Q』から『シン』へ

正直、『Q』でエヴァから離れてしまったという人は多いと思います。なんなら最終章となる『シン』の公開は『Q』の公開から10年近く空いてしまったので、『シン』が本当に映画館で公開されるまでは、ネットでは「作るって言ってるだけで実は作ってない」とか「庵野はもうエヴァを作れない」とか「エヴァはパチンコで人気だからシンを作らないことが新劇場版の完成形」みないない件が多くみられました。
序:2007年9月1日公開
破:2009年6月27日公開
Q:2012年11月17日公開
シン:2021年3月8日公開
実際わたしも半ばあきらめてましたが、いざ『シン』が公開されると、売り上げは100億円を突破し、歴代シリーズの中でも最も成功したタイトルになりました。実際に、アニメ版、旧劇場版とくらべても、新劇場版は終わり方がかなりきれいでまとまっていつつ、かつエヴァらしさはしっかりとやり切っている名作と言っていいと思います。
話がだいぶそれました。好きな作品の話題は書いてると止まらなくなりますね。笑
「希望は残っているよ、どんな時にもね」
というセリフは、新劇場版の『Q』の中盤にてカヲルがシンジにかけた言葉です。
これからどうなっちゃうの~~、となっていた『破』のラストで起きた大事件がきっかけで、シンジ君は世界がほぼ滅ぶきっかけとなってしまいました。シンジ君の意思で世界がほぼ滅んだわけではないんですが、シンジ君が乗るエヴァ初号機が限りなく紙に近い存在に近づいたことでパイロットであるシンジ君の心がエヴァに呼応して世界が破滅するレベルの大災害が起きるきっかけになった・・・といったところです。
この大災害はサードインパクトと呼ばれますが、別の登場人物の命をとした作戦で途中でとどまめることができ、のちに『ニア』サードインパクト、略して『ニアサー』と呼ばれることになります。
世界が壊滅的な状況(見渡す限りの大地が真っ赤に染めあがり、ひび割れ、世界の人口のほとんどが死ぬか、インフィニティというエヴァもどきになってしまった世界)になる直前から14年後までエヴァ初号機に取り残されていたシンジ君は、やっとこさ目覚めることができたと思ったら「これ、あんたのせいだからね」とかつての仲間から攻められることになります。
唯一の心のよりどころ

実際はシンジ君が目覚めたときは味方の戦艦のなかで、意図的に周りの環境を見えないように配慮されていたようにも解釈できるので「こいつ・・・世界が破滅しそうになった原因だけど、自覚無かったからなぁ・・・せめて外の世界は見せないで置いておこう。・・・いつかほんとのことしっかり伝えなきゃな・・・」みたいな雰囲気が感じられます。あとから考えたらですけど。
そんな訳の分からない状況からシンジ君は家出することを選びます!まぁ当然の判断だと思います。家で先はかつて仲間とともに使途を迎撃していた拠点『ネルフ』の跡地でした。
そのネルフ跡地にいたのが渚カヲルで、カヲル君は『Q』の作中、シンジ君に対して唯一まともに話しかけてくれる存在でした。シンジ君からしても「やっとまともに会話できるやつがみつかったわぁ~・・・」と思ったことでしょう。
ちなみに、カヲル君の目的はテレビ版と新劇場版で明確に異なります。
テレビ版の目的:セントラルドグマにいるアダムと接触すること。(セントラルドグマまで到達するも、そこにいたのは実際はアダムではなくリリスだったのでカヲルの目的は果たせなかった)
新劇場版の目的:使徒であることに変わりはないが、セントラルドグマに眠る使徒に接触することではなく、シンジを幸せにすることに変わっている。
新劇場版のカヲル君の目的はシンジを救うことです。ただし、とにかく何も伝えずに箱の中にしまっておくような、相手の意見や生き方を全く尊重しない毒親のようなやり方ではなく、シンジ君の『魂』を救うことを目的としています。シンジ君のことを信じて、シンジ君が知るべきことはしっかりと伝えます。
そこで、ある程度関係を築くことができたころに、カヲル君はシンジ君をネルフ跡地の外壁に連れ出します。
その外壁でシンジ君が初めて観た光景が、見渡す限りの大地が赤く染まりあがり、いびつにひび割れ、ヒトの生活の匂いが全く感じられない外界でした。

これ、ネルフ跡地から見た外界なんですけど、位置関係からすると日本の『箱根』あたりなんですよね。月はあほみたいにでかしい、なんか真っ赤な十字架がそこらへんに立ってるし、大地は真っ赤だし、ドでかい裂けめがあるし、裂けめはよく見ると歯みたいなのが見えるし・・・と。世界が崩壊したことが一目でわかるシーンです。
こんな外界の状況を見ただけでもショックなのに、シンジ君はこれの原因は君だよ。ということを伝えられます。精神崩壊もんだよねそんなの。
そこでカヲルがシンジに
「希望は残っているよ、どんな時にもね」

という声をかけるんですよね。正確には「償えない罪はない 希望は残っているよ どんな時にもね。」なんですけど。
エヴァという物語の決着
その後、カヲルは命を落とし、シンジくんは失語症になるくらいまでメンタルが追い込まれて長いことふさぎこむ期間を経て、最終的には「僕は、僕の落とし前を付けたい」と覚悟をきめてすべての元凶ともいえる実の父親を『赦す』ために対峙するストーリーへと、新劇場版は収束していきます。

かなり特殊な経験をしてきたとはいえ、14歳の少年が「僕は、僕の落とし前を付けたい」なんてセリフを言うところまでたどり着きますかね?この言葉は、明らかに庵野監督がテレビ版から始まるエヴァシリーズにケリをつけるという意味でシンジ君に言わせているセリフだと思います。
いろいろ長々と書いてきましたが、「希望は残っているよ、どんな時にもね」という言葉は、
『投げ出さなきゃ何とかなる!てめぇで始めたことはてめぇでケリをつけろ!!』
というかなりアツいメッセージが込められた一言なんじゃないかなと、私は受け取っています。
実際、エヴァを観たことで人生狂った人なんか数えきれないくらいいるでしょうからね。最終的に庵野監督は『エヴァのない世界』をシンジ君に選択させる形でエヴァという物語の幕を閉じます・・・。
シンジ=カヲル=庵野監督

作品を作るクリエーターの方は少なからずキャラクターに自分自身を投影させている部分があるようです。特にヱヴァンゲリヲンに関しては、インタビューで庵野監督が、「エヴァのキャラはすべて自分の分身」といっているくらいなので、エヴァは特に庵野監督の個性というかパーソナリティーが色濃く反映された作品であるということが分かります。
とくに、主人公の碇シンジ、主人公の父親である碇ゲンドウ、そして渚カヲルは、庵野監督のパーソナリティーがダイレクトに反映されたキャラクターです。庵野監督自身と言っても過言ではないです。
エヴァシリーズの冒頭シーンで主人公のシンジ君は、超有名なセリフ「逃げちゃだめだ!」をうつむき、目をつぶり、自分に言い聞かせるように連呼します。
これとかまさに、アニメ好きだけど作るのは超大変、でもやんなきゃいけない・・・逃げちゃだめだ!!という庵野監督のこころの状態がダイレクトに反映された演出だと思います。
碇ゲンドウは別として、碇シンジと渚カヲルにかんしては、ほぼ同一人物と言ってもいいでしょう。これまたインタビューで、「シンジ君が理想としている姿が渚カヲル」とも言っているので、シンジ君のコンプレックスをすべて裏返した存在が渚カヲルとも解釈できます。
つまり、渚カヲル(庵野監督自身の理想の自分)が碇シンジ(庵野監督の等身大の自分)にたいして
「希望は残っているよ、どんな時にもね」と声をかけ、
渚カヲル(庵野監督自身の理想の自分)をうしなった碇シンジ(庵野監督の等身大の自分)が
「僕は、僕の落とし前を付けたい」と覚悟を決めてやるべきことをやる。
というのが、エヴァという物語の本質なんじゃないかな。と私は思っています。
なんだかんだ、『シン』までファンを続けることができて本当に良かったと思います。Qの公開が20代半ばの頃で『シン』の公開の頃には30代半ばになってたので、当時のアツい気持ちを持ち続けるのはなかなかくろうしたぶぶんもありましたが・・・。笑
ほんと、『シン』はかなりきれいにまとまっているので、あのシンがあるんだったら、Qの「なんでこうなっちゃったんだ・・・????」というあえてのサゲは必要だったんだなと思います。なんなら4部構成のなかでQは一番芸術作品としての色が強く、テレビ版のエヴァから決別した決意の作品としての役割も大きいです。
計算してやったんだったら本当にすごいし、計算じゃないんだとしても、シリーズ通してきっちりと終わらせる『監督としての落とし前』をしっかりつけているところが、庵野監督はプロ中のプロだし本当に天才なんだなと思いました。
関連作品
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!
カヲル君の名言を深堀りするつもりが、ついついエヴァに対する熱い思いを書きなぐるような内容になってしまいました。笑
これまでエヴァに関する記事はいくつか書いたことがあるんですが、だいたい書き始める前になんとなく頭の中で想定していたボリュームと着地点を余裕で飛び越えてくるような内容になっちゃうんですよねぇ。
作品が持つ魅力が半端ないことをしみじみ実感しました。
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