その火を飛び越してこい!【潮騒 / 三島由紀夫 #名言ノート108】
今回紹介させていただく名言はこちら!
「その火を飛び越してこい」
✅出典
小説『潮騒』
『潮騒』は、三島由紀夫の他の作品とは一線を画す、爽やかで純粋な青春小説です。三島文学に特徴的な、死や同性愛、病的な美意識といったテーマは影を潜め、代わりに若者の純粋な恋愛と、日本の豊かな自然が生き生きと描かれています。この異色ともいえる作風こそが、長年にわたり多くの読者を魅了し続けている理由です。
✅物語のあらすじ
三重県の歌島(架空の島)を舞台に、貧しい漁師の青年、久保新治と、裕福な船主の娘、宮田初江の恋愛を描いています。新治は初江に一目惚れし、初江もまた、誠実で力強い新治に心惹かれます。しかし、二人の身分の違いや、島に住む人々の噂話が彼らの前に立ちはだかります。
物語は、新治が初江との愛を成就させるために、厳しい漁の仕事に耐え、男としての誇りを証明していく姿を丁寧に追います。そして、初江もまた、世間の風潮に流されず、新治への想いを貫こうとします。二人の愛が試される中で、物語は美しい島の自然描写と相まって、清らかで健康的な雰囲気を保ち続けます。
✅三島作品の中での特異性
三島由紀夫の代表作である『金閣寺』や『仮面の告白』は、主人公の内面的な苦悩や、死、病的な美への執着といった、重く複雑なテーマを扱っています。これに対し、『潮騒』は、ギリシア神話のダフニスとクロエの物語をモデルにしており、清らかで健康的な美が前面に押し出されています。
この小説に登場する人物たちは、複雑な思考や屈折した感情を持つことなく、自然の摂理に従って生きています。新治と初江の愛は、試練に直面しても惑わされることがなく、最終的には力強さと誠実さによって結ばれます。こうした作風が、読者に深い感動と安らぎを与え、多くの人に愛される名作となったのです。
✅読書感想
勧善懲悪で読み終わった直後の気持ちはいたってさわやか。徹底された勧善懲悪でどこか古き良きディズニー映画のような印象を受けました。
とはいえ『金閣寺』とか『憂国』のほかの三島作品を読んだことがあったので『潮騒』を読んでいる間もすべてが不幸に向かう伏線のように見えてしまって結構肩に力を入れながら見てました。
今となっては『潮騒』は完全にリラックスしてみることができる作品だと理解できたので、また別の機会にさわやかな気分になりたいときに読み返したいと思いました。(ハッピーな気分になりたいときに古き良きディズニー映画を観るのと同じ感覚)
いい作品は対比がとても巧みにちりばめられていると思います。『潮騒』もありとあらゆる要因に対比が設定されていました。
例えば主人公の新治とヒロインの初江は新治が若くして父親を亡くしてしまっている貧しい家庭の身であるのに対して、初江は島の顔役の家の娘(要は金持ちの家の娘)という対比構造になっています。
主人公の母とヒロインの父親の対峙関係も対比だし。恋敵(?)であるキャラクターも都会かぶれしたひねくれた性格の青年として登場します。
このキャラクターは主人公である新治の誠実でたくまい性格の対比として描かれています。他にも、島の生活を強調するためにも主人公の弟は修学旅行で都会に行ってわざわざ都会の良さを島で帰りを待つ家族にはがきで連絡してきたりします。
それらすべての対比が、かなり都合よく配置されています。だからこそストーリーはまるでミュージカルのようにするするとスムーズに進んでいきます。
人間の本質を描きたいとかではなく、美しいストーリーを描きたいという目的がまずあって、そのストーリーを成立させるために舞台や登場人物が配置されていったというような印象を受ける作品でした。
とはいえストーリーありきで機械的に舞台や登場人物が都合よく配置させられているという印象はなく、三島作品特有の文体の美しさや環境や心理描写の丁寧さがかけ合わさって、読みやすいけど深みのある文学作品に仕上がっているなぁという印象でした。
そんな計算されつくした『潮騒』という作品ですが、とくに印象的な部分が今回紹介させていただいている名言が登場するシーンです。
『その火を飛び越してこい』
雨の降る休漁日に監的哨で初江と待ち合わせの約束をした新治は、嵐の当日、先に到着し初江を待っていたが、焚き火に暖められるうちにウトウトと眠ってしまった。ふと目が覚めて気が付くと、初江が肌着を脱いで乾かしているのが見えた。裸を見られた初江は、羞恥心から新治にも裸になるように言う。
裸になった新治に向かって、さらに初江は、「その火を飛び越して来い。その火を飛び越してきたら」と言った。火を飛び越した新治と初江は裸のまま抱き合うが、初江の、「今はいかん。私、あんたの嫁さんになることに決めたもの」という誓いと、新治の道徳に対する敬虔さから2人は衝動を抑えた。
外は大嵐、主人公が『火』を飛び越えてヒロインの元に飛び込むことで、序盤で丁寧に描かれてきた『対比』を打ち破り物語が大きく動き出すための装置として機能していると解釈しました。
事実として、この『その火を飛び越えてこい』のシーンから物語はどんどんと加速していきます。ちなみにこの言葉はヒロインから主人公に発せられた言葉です。『序・破・急』でいうところのまさに『破』のど真ん中に設置されているのが『その火を飛び越えてこい』というセリフだというのが私の感想です。
このように、『潮騒』は文学作品としても見ごたえがある良作ですが、作品の構造を紐解いてみたり、物語の作り方を学ぶ上でとても参考になる教科書としての価値も高いのではないかと思います。ページ数もそこまでなく、内容も面白いのでサクッと読めてしまいます。まだ読んだことがないのであれば、ぜひ手に取って読んでみていただきたい作品です。
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