ファンあってのプロ野球【長嶋茂雄 #名言ノート44】
今回紹介させていただく名言はこちら!
「ファンあってのプロ野球」
言った人
長嶋茂雄

どんな人?
長嶋茂雄さんは、日本のプロ野球界において「ミスタープロ野球」「ミスタージャイアンツ」と称される、国民的な英雄でありレジェンドです。その生涯は、選手として、監督として、そして野球人として、多くの功績と感動を日本のファンに与えました。
長嶋茂雄さんは、単なる野球選手や監督にとどまらず、そのカリスマ性と明るい人柄で、戦後の日本に夢と希望を与え続けた、まさに「国民的スター」でした。

人物像と愛称:
「ミスタープロ野球」「ミスタージャイアンツ」「ミスター」「チョーさん」「燃える男」など、数多くの愛称で親しまれています。
明るく情熱的な性格で、そのプレーや言動は常に多くの人々を魅了しました。
王貞治氏とともに「ON砲」として、読売ジャイアンツのV9時代を牽引しました。
主な経歴と功績(選手時代):

1936年2月20日、千葉県に生まれる。
立教大学時代からその才能を発揮し、「神宮の星」と称される。
1958年に読売ジャイアンツに入団。ルーキーイヤーから本塁打王と打点王の二冠を獲得し、新人王を受賞。
現役生活17年間を巨人一筋で過ごし、数々のタイトルを獲得。
首位打者:6回
本塁打王:2回
打点王:5回
最多安打:10回(プロ野球最多記録)
最優秀選手(MVP):5回
ベストナイン:17回(入団から引退まで全シーズン受賞は史上唯一)
日本シリーズMVP:4回(歴代1位)
通算成績:2186試合、2471安打、444本塁打、1522打点、打率.305。
1974年に現役引退。「我が巨人軍は永久に不滅です」という名言は、日本の野球史に深く刻まれています。
主な経歴と功績(監督時代):

1975年から1980年、1993年から2001年の2度にわたり読売ジャイアンツの監督を務め、チームをリーグ優勝5回、日本一2回に導きました。
「メークドラマ」という造語でチームを鼓舞し、低迷期にあった巨人をV字回復させるなど、その指導力も高く評価されました。
その他:
2013年に国民栄誉賞を受賞。
2021年にプロ野球界で初めて文化勲章を受章。
2025年6月3日、肺炎のため逝去。89歳でした。

プロ野球とは

「ファンあってのプロ野球」という言葉は、確かにプロ野球とそのファンについての言葉ではありますが、なにか、もっとこう深い部分というか、世の中全体の本質を見事にとらえているようなニュアンスを感じるんですよね。
たとえば、なぜプロ野球選手はプロ野球選手なんでしょうか?
プロの球団にスカウトされるくらい野球がうまいから?
ほかの球団に勝てる技術や経験を持っているから?
確かにこれらの要因はプロ野球選手になるためには必要不可欠でしょう。けど、もっと手前で忘れてはいけないことがあります。それは
『世の中には、プロ野球選手以外の人がいるから』
という事実です。ありえないことですが、かりに世の中すべての人が全員プロ野球選手だとしましょう。もしそんなことが実現したとすれば、それって『プロ野球選手』と呼べるんでしょうかね?
『野球』と一言で言っても、プロ野球の1軍と2軍、企業野球、アマチュア、大学野球、高校野球、草野球などなど・・・細分化しようと思えばいくらでも種類分けすることができます。
いろんな種類の『野球』の中で、『プロ野球選手』と呼ばれるのは『プロ野球でプレーしている選手』だけです。大学とか高校とか、少年野球とか草野球でプレーしている選手のことはプロ野球選手とは言わないですよね。
もっと言うと、それらの『野球選手』いがいにも『そもそも野球をプレーしない人々』が世の中にはたくさんいます。いくら野球の競技人口が多いとはいえ、人類全体で見たら野球をプレーしている人は絶対に少数派です。
人類全体から見たら『プロ野球選手』と呼ばれる人はごく少数のマイノリティーであることが分かります。
そしてプロの定義は、やはり『お金をもらっているかどうか』だと思います。
プロ野球選手が野球をプレーすることで生計を立てることができる理由は、野球をプレーすることでお金がもらえるからですが、そのお金がどこから発生しているかと言えば、これはもう『ファンから』ということは明白です。(実際はファンと野球選手の間に、広告企業や球団といった組織がはさまってはいますが・・・)
そして、『プロ野球』は『プロ野球選手の集合体』と解釈することもできます。ここまで全体を俯瞰してみたうえで「ファンあってのプロ野球」という言葉に帰ってくると、だいぶ意味合いが違って聞こえてこないでしょうか?
メンバーあってのリーダー

何もプロ野球に限らず。なんならビジネス全般にだって同じことが言えます。
組織における『リーダー』もおなじです。チームリーダーだろうが、主任だろうが、仮長だろうが、課長だろうが、部長だろうが、そもそもそのポジションがあるということは企業が存在しているからであって、その企業のサービスにお金を払ってくれているお客さんがいるから成り立つ商売です。
そして、あり得ない状況ですが、全員が『リーダー』になると、もやは、その組織には逆説的に『リーダー』はいないことになります。リーダーがリーダーなのはリーダーではない人たち(チームメンバーや部下、サービスにお金を払ってくれるお客さん)がいるからということは明白です。
長嶋茂雄の哲学が詰まった一言
長嶋茂雄さんは、「ミスタープロ野球」「ミスタージャイアンツ」「国民的スター」と呼ばれるほど人気を博した名野球選手でした。
これ、はたからみたら「いいな~才能があって」と思う方も多いかと思いますが、本人からしたら相当なプレッシャーを長年にわたり抱え続けていたんじゃないかと想像してしまいます。
もてはやされて天狗になってもおかしくない状況で、できるだけ広い視野を持ち続けることは大変です。野球選手として、野球の試合での一挙手一投足が評価される厳しい環境であればなおさらのことです。勝敗がすべての厳しい野球の世界では、もちろん自分のコンディションや技術向上も大切なことなので、どれだけ気を付けていても意識が『自分』に向いてしまうことは避けれないことかとは思います。
それでも常に『自分』の置かれている状況を俯瞰してとらえ、今の自分には何が求められているかを把握し、自分ができる最大のパフォーマンスを提供しける・・・そんなプロフェッショナルとしての哲学というかエッセンスが凝縮された一言が『ファンあってのプロ野球』という言葉なのではないでしょうか?
『野球』を『現象』として分解してみる

白状しますが、私は普段プロ野球を全く見ません。誤解を恐れずに言ってしまえば、世の中のいろんなエンタメのなかでも「野球観戦」は私にとって限りなく興味がうすい部類に属しています。
小学校から中学校に上がったときに、仲が良かった友達が野球部に入ることを決めたという理由だけで野球部に入部しましたが、まっっったく面白さが見いだせずに半年で別の部活に転籍しました。
わたしはアラフォーなので、当時の価値観と言えば、一度入った部活をやめるというのはなかなか大きな出来事でして、私が中学校に在籍している間、野球部をやめて別の部活にうつったという話は私以外で聞きませんでした。
きっと、野球部のなかでも「やめたい」とか「しんどい」と思っていたほかの部員はいたはずですが、それでも私以外の人は3年間やり切ってましたね。
そもそも部活をやめるという発想があまりない時代ということと、やっぱりみんな個人の差はあれどそれなりに野球が好きだったんだと思います。しかし私はやめました。何が言いたいのかというと、それくらい、当時も今も野球には興味がないということです。
だいぶ話がそれてしまいましたね。そんな私でも、長嶋茂雄さんの「ファンあってのプロ野球」という言葉はとてもハッとさせられる部分がありました。それはプロ野球に限らず、世界の本質的な部分を捉えている言葉だからだと思います。
『野球』を観戦したり、自分でプレーすることにはまったく興味がない私ですが、実はこのブログでは野球に関する記事がこれで3つ目だったりします。
黒田投手の記事が2件で、今回の長嶋茂雄さんの記事で3つ目です。やっぱり、ひとつの道を極めたひとがのこした言葉にはその道だけでなく世界の本質を鋭くとらえるような性質があってハッとさせられることが多いんですよね。
そこで私は、野球をいちスポーツではなく『現象』としてとらえると面白いことに気づきました。これはあくまでも『ベースボール』ではなく日本で行われている『野球』に限った話です。さっそく野球の歴史とか背景を教えてくれる書籍や動画などの情報がないかを探してみたところ・・・
あったんですよ。ドンピシャで!
「野球部はクソ」という強烈なワードが副題についていますが、これは本を売るために仕方なくつけざるを得なかったようですね。実際著者のかたは野球経験者で、学生時代にガッツリ野球部に所属していた方です。一概に、外側から頭でっかちに野球を批判する書籍ではありません。
ちなみに、こちらの動画でこの書籍を知りました。書籍を読む時間がない人はこちらの動画だけでもだいぶ概要はつかむことができるのでお勧めです。
こちらの書籍では
なぜ学校では野球部だけが特別扱いされるのか?
(例:コンクールを辞退してまでも甲子園の応援に行かなければいけない吹奏楽部)なぜ野球部は丸坊主が当たり前なのか?
なぜ野球部は上下関係が厳しく、声が大きいのか?
といったような、野球部ってこうだよね・・・という固定観念が、実は戦後、大人たちに作られた価値観であるということを明確な理由と共に解説しています。
現代を生きる私たちとしては当たり前として受け入れている野球ならではの『伝統』を野球が日本に初めて来たタイミングから、どのような変遷を経て今の形に『改造』されていったのか、を紐解いています。
少しネタバレすると、太平洋戦争で敗戦後の日本において『野球』は『戦争』の置き換えとしての役割を担っている側面があり、『野球選手』はかつては『日本軍の兵士像』が担っていた『日本の強さの象徴』という役割を引き継いだ存在である・・・という説が展開されています。とても興味深い内容でした。
まとめ
今回紹介させていただいた名言はこちらでした!
「ファンあってのプロ野球」
きっと長嶋さんは、これらの歴史までまるっと理解した上で、野球選手時代、監督時代、引退後のそれぞのタイミングで求められる『プロ野球選手像』を完璧に演出してきた人なんだと思います。
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