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桜色の記憶、父の「note」

「お父さんのパソコン、どうしようか」。母の言葉に、源浩司(仮)44歳はまた胸の奥が締め付けられるのを感じた。父が旅立って半年。遺品の整理は、進んでいるようで全く進んでいなかった。特に、書斎の古いデスクトップPCには、誰も触れられずにいた。

父は物書きではなかったが、生前、熱心に「note」を書いていた。といっても、誰かに読ませるためのものではなく、自分だけの「日記」のようなものだと笑っていた。タイトルもつけず、ただ日付と短い文章が綴られた、膨大な数の下書きファイル。

僕は意を決し、書斎に入った。ホコリをかぶったキーボードに指を置く。パスワードは、僕の誕生日だった。画面に表示されたのは、父の愛用していたnoteの編集画面。そこには、数えきれないほどの下書きが並んでいた。

最初はただ機械的にファイルをスクロールしていた。しかし、ある日付の文章で、僕の指が止まった。

2020年4月18日

今日の晩飯は、愛する妻の手料理。いつもの煮物だが、なぜこんなにも美味しいのだろう。きっと、そこに込められた愛情が、秘伝の隠し味なのだろう。俺の舌が覚えていられるのは、あと何回だろうか。この味を忘れないように、しっかりと噛みしめた。

父は、僕らに病気のことを隠していた。この頃には、もう自分の残された時間を悟っていたに違いない。次のファイルを開く。

2020年7月3日

息子が久しぶりに帰ってきた。就職して忙しいと言っていたが、無理をしていないか心配だ。あいつは昔から不器用だが、心優しい男に育ってくれた。もっと褒めてやればよかった、もっと話をしてやればよかったと、今になって後悔ばかり。彼の未来に、光あれ。

涙腺が崩壊した。それは、父が僕に直接言えなかった、いや、照れくさくて言わなかった本心だった。

そして、父が最後に更新したファイル、2021年1月1日。病院のベッドから綴られたのだろう、いつもより短い文章。

新年を迎えた。外は雪景色だろうか。今年の目標は、妻と息子の笑顔を見ること。それだけだ。もし、俺がいなくなっても、この「note」を読んだら、笑ってくれ。俺は、ずっと君たちの中にいる。このnoteは、俺が君たちに残す、桜色の記憶だ。

「桜色の記憶」。父の好きな季節、春の色。

僕は、それまで誰にも見せていなかった父のnoteを、整理することにした。日付順に並べ替え、タイトルをつけ、一つの大きな記事として公開した。タイトルは「桜色の記憶、父のnote」。

公開後、すぐに通知が鳴り響いた。コメントや「スキ」の数が増えていく。知らない人たちから、「感動しました」「涙が止まりません」「私も父に会いたくなりました」というメッセージが殺到した。

驚いたのは、父の古い友人がコメントを残してくれたことだった。 「彼の文才は昔からすごかった。こんな形で再会できるとは。ありがとう」

父のnoteは、単なる日記ではなかった。それは、父が愛する家族と、生きた世界に残したかった、命のメッセージだったのだ。そして、僕がそれを世に送り出すことで、父の存在は僕たちの心だけでなく、このnoteという場所で、永遠の「物語」として生き続けることになった。

僕は、そっとノートPCの蓋を閉じた。雪解けを待つ桜のつぼみのように、温かく、確かな希望が胸に宿っていた。

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