理想の教育論と現場のズレ
教育業界に携わってあれこれ20年以上が経ちました。
と、同時に子育ても18年目になりました。
教育業界に長く在籍してると、理想の教育論を語る人に出会います。
子どもの自主性を重んじるとか、怒らずに冷静に接するとか、子どもと接する時間を増やすとか、子どもに寄り添うとか、ホントいろいろあります。
個人的には教育論って必要ないと思っています。
こちらの記事にも書いてますが、今回は少し違う視点で書いてみたいと思います。
実際に子育てをしている人なら分かると思いますが、教育者が語る教育論って実践できますか?
例えば、栄養の偏りがない食生活をする...。口でいうのは簡単ですが、実際に毎日栄養バランスがとれた食事を作るってかなり厳しいですよね。
野菜が少なかったり、魚な料理が出せなかったり、フルーツを買い忘れたり...。
教育者が、食生活を整えるのが生活の基盤だと言えば言うほど、現場の母親たちは落ち込んでしまうんです。
出来ていない自分を攻めてしまう人ってかなり多いです。
教育って、理想と現実の間にかなり大きなギャップがあります。
正論を唱えれば唱えるほど、子育て中のお父さんお母さんを追い詰めることがあります。
わたしもこれに悩まされましたね...。
わたしも教育者の端くれですから、子どもが生まれたら言葉がはやく話せるように、話しかけたり絵本を読んだりしてたんです。
でも、3歳になっても全く話せないんですよね...。
ふとテレビを見てると、有名な教育者が幼児教育について語っていました。幼い頃に絵本を読んだり話しかけたりすると、脳の発育がよくなるのではやくおしゃべりできるようになります...。
いい大学に合格する家庭のほとんどは、幼い頃によく子どもと遊んでたそうなんですよね。と。
でも、それって、いい大学に合格できなかった家庭って、幼い頃の子育てを放棄してたんじゃないの…?と捉える人もいる訳です。
おしゃべりが遅かった長男を見て、もっと話しかけないとダメよ...。とか、絵本を読み聞かせしてる…?などと年輩者から話をされることがありました。
そんなの分かってるよ。
実践してるけど、上手くいかないんだよ。
理想ばかり押し付けるのをやめてほしと思ったんです。
自分たちも大した教育できなかったくせに、子育てから解放された途端に、上から目線でえらそうに教育を語るのをやめてもらっていいですか!
って、泣きながら叫んじゃったんです...。
緊張の糸が切れちゃったんですよね…。
年輩者の方は、いや、そんなつもりで言ったんじゃなかったんだけど...。
何か気に障ることがあったら謝るよ...。と。
うんともすんとも言わない長男と手をつないで、トボトボと家に帰ったのを覚えてます。
犬を指さしてはアーアー、ブランコを指さしてはアーアー。
もしかしたら発達障害なのかな...。それとも脳に何か異常があるのかな…。
良からぬ心配ばかりが頭を過っていました。
パートナーが帰宅して、長男がお話しできないことを相談しました。
お話が遅くっても、可愛いからいいんじゃない?
元気だし、一生懸命に遊んでるし、今はそれで十分じゃないの?
この言葉にカチンときましたね...。
何でそんなに他人行儀なの?自分の子どもがお友達と一緒にお話しできなくて仲間外れにされても平気ってこと?わたしが辛い思いをしててもお構いなしってことなの?家族のこと他人だと思ってない?もっと真剣に向き合ってくれてもいいんじゃないの?どうしてそんなに無責任なの?
って、叫んで泣き崩れちゃったんです…。
いわゆる産後鬱ってやつなんですが、このときは本当に気が滅入っていましたね…。
教育に携わっているはずなのに、我が子の教育となった途端に何をどうしたらいいか全く分かりませんした。
教育って何でしょう…。
理想を語るのは誰でもできます。
でも、理想を語ることで満足するのは教育者だけなんです。
実際に子育てしている教育現場では、まったく通用しません。
わたしが教育論を持たない理由ってそこにあります。
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