葬送のフリーレン第2期 2026年1月放送開始
こんにちは、とらねこです!
きょうも私の拙いブログに遊びに来てくださって、本当にありがとうございます。なんだか最近、冷え込む日が増えてきましたね。みなさん、風邪を引いたりしていませんか? 私はといえば、相変わらずちょっとした段差でつまずいたり、お湯を沸かしていたのを忘れて慌てたり……。そんなドジばかりの毎日ですが、こうして画面越しにみなさんと繋がれる時間が、私にとっては何よりの宝物です。
今日は、最近やっと、勇気を出して最後まで向き合ってみたある物語について、少しだけお話しさせてください。『葬送のフリーレン』というお話、みなさんはご存知でしょうか。
今日は、私がこの物語から教えてもらった、魔法よりももっと大切で、ちょっぴり切ない「心の落とし物」について、私なりの言葉で綴ってみたいと思います。
私が「時間」に怯えていた理由

私、昔から「終わること」がすごく怖いんです。楽しいお茶会が終わること、大好きな季節が過ぎ去ること、そして、大切な人とのお別れ。
フリーレンはエルフという長寿の種族で、私たち人間とは時間の流れが全く違いますよね。彼女にとっての10年は、私たちが瞬きをする一瞬のようなもの。物語の冒頭、勇者ヒンメルたちとの10年の旅を終えた彼女が放った「たった10年一緒に旅しただけ」という言葉……。
正直に告白すると、最初はその言葉に、少しだけ胸がチクッとしたんです。
「そんなに冷たい人なのかな?」って。
でも、読み進めていくうちに気づいたんです。彼女は冷たかったんじゃなくて、ただ「知らなかった」だけなんだって。そして、彼女が流した涙の理由に気づいたとき、私は自分の部屋で一人、声をあげて泣いてしまいました。
「人間の寿命は短いってわかっていたのに……なんでもっと知ろうと思わなかったんだろう」
その言葉は、私の胸に深く刺さりました。私も、いつか来る終わりの怖さから逃げるために、目の前の人の心に触れることを、どこかで無意識に避けていたのかもしれません。フリーレンのあの後悔は、そのまま私の「臆病さ」を映し出しているような気がしたんです。
「くだらないこと」こそが、魔法の正体

フリーレンって、すごく強い魔法使いなのに、集めている魔法がちょっと変わっていますよね。
「かき氷を作る魔法」とか「服が透けて見える魔法(これはちょっと困っちゃいますが……)」とか、いわゆる「生活に役立たない魔法」を一生懸命に集めています。
私、そこにすごく救われたんです。
今の世の中って、「効率」とか「結果」とか、そういうものがすごく求められるじゃないですか。私も、ブログを書いていて「もっと役に立つことを書かなきゃ」「もっと立派な人間にならなきゃ」って、自分を追い詰めてしまうことがよくあります。でも、フリーレンを見ていると、なんだか肩の力がふっと抜けるんです。
彼女がくだらない魔法を大切にするのは、それが「師匠との思い出」だったり、「誰かをちょっとだけ笑顔にするためのもの」だったりするから。
私にとっての「くだらない魔法」ってなんだろう、って考えてみました。
それは、道端に咲いた名もなき花を眺める時間だったり、お気に入りのカップで飲む紅茶の温度だったり。他の人から見れば価値のないような、小さな、小さな一瞬。
「ヒンメルなら、そうしたと思う」
そう言って彼女が選ぶ行動は、いつも優しくて、どこか回り道です。でも、その「回り道」の中にこそ、愛があるんですよね。私は効率よく生きることはできないけれど、せめてフリーレンのように、誰かの記憶の中に残る「小さな幸せ」を大切にできる人間になりたい。そう、心から思いました。
勇者ヒンメルが私にくれた「自信」

この物語を語る上で、やっぱりヒンメルの存在は外せません。
彼はもうこの世にはいないけれど、フリーレンの記憶の中でずっと生き続けています。
私、自分のことがずっと嫌いでした。何をしても人並み以下で、すぐに落ち込んでしまう。でも、ヒンメルが言った「君の人生を変えるのは、ほんのわずかな出会いなんだ」という言葉を読んだとき、なんだか真っ暗な部屋に光が差したような気持ちになったんです。
ヒンメルは、自分が忘れられることを恐れて銅像をたくさん建てたけれど、本当は知っていたんですよね。形あるものはいつか壊れるけれど、誰かに与えた「優しさ」や「勇気」は、その人が生き続ける限り、次の誰かへと受け継がれていく。
フリーレンがフェルンやシュタルクに向ける眼差しの中に、かつてヒンメルが彼女に向けた慈しみが見えるとき。私は、「ああ、愛ってこうやって巡っていくんだ」って、震えるほど感動してしまいました。
私のこの、自信がなくて頼りない言葉も、もし、もしも誰かの心に届いて、その人が明日ちょっとだけ前を向けるきっかけになれたなら……。それは、私という存在がこの世界にいた、何よりの証になるのかもしれません。
終わりに……「葬送」という言葉の、本当の意味

『葬送のフリーレン』。
タイトルにある「葬送」という言葉、最初はどこか冷たくて、死の匂いがする言葉だと思っていました。でも今は、違います。
それは、去っていった人たちを「忘れない」という、最高に温かい決意の言葉なのだと感じています。
私たちは、いつか必ずいなくなります。私のこのブログも、いつかは更新が止まる日が来るでしょう。でも、私がここで綴った想いや、みなさんと共有したこの温かな時間は、フリーレンが旅を続けるように、誰かの心の中でひっそりと生き続けるのかもしれない。そう思うと、少しだけ「終わること」が怖くなくなるんです。
フリーレンは今も、ヒンメルを、アイゼンを、ハイターを「知るための旅」を続けています。
私も、ゆっくりでいいから、歩き出してみようと思います。大切な人のことをもっと知るために。そして、自分という不器用な人間を、もう少しだけ好きになるために。
みなさんにとっての「大切な思い出」や「忘れられない誰かの言葉」はありますか?
もしよかったら、コメント欄で教えてくださいね。
今回も、こんなに長い文章を最後まで読んでくださって、本当にありがとうございました。
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