あの日のスコールが、今もこころに残っている
※約2,000文字あります(❁ᴗ͈ˬᴗ͈)
子どものころ、
母子家庭だったわたしは
決して裕福な家庭ではなかった。
むしろ、
「貧乏だった」と言ったほうが
分かりやすいかもしれない。
母とわたしは、
2日に1回くらいの頻度で
近くの銭湯に通っていた。
家のお風呂ではなく、
銭湯に行くことが
当たり前の生活だった。
銭湯には、
ガラス張りの冷蔵庫があった。
その中には
瓶に入ったジュースが
何種類も並んでいて、
お風呂上がりの人たちが
おいしそうに飲んでいるのを
わたしはいつも見ていた。
もちろん、
わたしも飲んでみたい。
子どもだから、
そう思うのは当然だったと思う。
でも、
「ジュース飲みたい」
とは言わなかった。
だって、
お金がないことを
子どもながらに知っていたから。
母が一生懸命、貯めて。。。
わたしを育ててくれていることも
なんとなく分かっていた。
だから、
「買って」
なんて言えなかった。
欲しい気持ちはあったけれど、
その気持ちを
自分の中にしまっていた。
そんなある日のこと。
いつものように
銭湯へ行き、脱衣場にいる時だった。
母が突然、
「ジュース飲むね?」
と聞いてきた。
わたしは、
「え?いいの?
飲みたい!」
と答えた。
そして、
冷蔵庫の中から
瓶のスコールを手に取った。
あのときの嬉しさは、
今でも鮮明に覚えている。
たった一本のジュース。
今のわたしなら、
きっと何気なく買えるもの。
でも、
子どものころのわたしにとっては
ものすごく特別なものだった。
「飲みたい」と言わなくても、
母には伝わっていたのかもしれない。
わたしがいつも
ガラス張りの冷蔵庫を
眺めていたこと。
ジュースを飲んでいる人を
目で追っていたこと。
本当は欲しかったこと。
子どもだから、
言葉にはしなくても
態度には出ていたのかもしれない。
母は、
そんなわたしを
ちゃんと見ていてくれたんだと思う。
そして、
そのときのわたしの
あまりにも嬉しそうな顔を見たからなのか、
それからは
月に2回くらいの頻度で
ジュースを買ってくれるようになった。
毎日ではない。
好きなだけ買えるわけでもない。
でも、
「月に2回くらい、
ジュースを買ってもらえる」
それだけで、
わたしの心は満たされていた。
今思えば、
母がくれたのは
ジュースそのものでは
なかったのかもしれない。
「欲しかったんだね」
「ちゃんと見ていたよ」
「たまにはいいよ」
そんな、
言葉にならない優しさを
一緒にくれていたんだと思う。
母はもう、
この世にはいない。
だから、
あの日のことを話したくても
直接話すことはできない。
「覚えてる?」
と聞くこともできない。
「あのとき、
嬉しかったんだよ」
と伝えることもできない。
でもね。
母がいなくなった今も、
あの日にもらったものは
ちゃんとわたしの中に残っている。
そして今、
わたしは母になった。
自分の子どもたちを見ていると、
ふと昔の自分と重なることがある。
子どもって、
欲しいものがあっても
言わないことがある。
遠慮しているのかもしれない。
我慢しているのかもしれない。
親の状況を、
子どもなりに感じ取っているのかもしれない。
だからわたしは、
できるだけ
子どもの小さな変化を
見逃さないようにしたいと思っている。
もちろん、
何でも買ってあげられるわけじゃない。
何でも願いを叶えてあげられる
親でもない。
でも、
「本当は欲しいのかな」
「今、ちょっと我慢してるのかな」
そんなふうに
子どもの心を想像することはできる。
そして、
できるときには
「いいよ」と言ってあげたい。
それはきっと、
昔のわたしが母から
してもらったことと
同じなんだと思う。
あの日、
母が買ってくれた一本のスコール。
わたしにとっては
ただのジュースではなかった。
「欲しい」と言えなかった
子どものわたしを、
母がちゃんと見つけてくれた。
その記憶が、
何十年経った今でも
わたしの中に残っている。
そして今度は、
わたしが自分の子どもたちに
同じようなものを渡している。
もしかしたら、
わたしが子どもたちに渡しているのは
物だけじゃないのかもしれない。
「あなたのことを見ているよ」
「あなたの気持ちはちゃんと届いているよ」
「嬉しいときは、
思いっきり喜んでいいんだよ」
そんな、
目には見えないものを
渡しているのかもしれない。
母からもらった優しさを、
今度はわたしが
子どもたちへ。
そうやって、
優しさって
人から人へ
受け継がれていくのかもしれないね。
母はもういない。
だけど、
母からもらった愛情は
今もわたしの中で生きている。
そして、
わたしが子どもたちに渡すことで
これからも残っていく。
あの日のスコールは、
もう飲んでしまって
どこにも残っていない。
だけど、
あのときの嬉しさと
母の優しさは、
今もずっと、
わたしのこころの中に残っている。
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