精神的なダメージは、身体にも現れる
※約1,700文字あります(❁ᴗ͈ˬᴗ͈)
心が傷ついたとき。
わたしたちは、
その痛みを「気持ちの問題」として
片づけてしまうことがあります。
嫌なことがあった。
誰かに傷つけられた。
頑張っているのに認めてもらえなかった。
何度も我慢した。
言いたいことを飲み込んだ。
そんな出来事が重なっても、
「これくらい大丈夫」
「気にしなければいい」
「もっと大変な人もいる」
そうやって、
自分の心の痛みを
なかったことにしてしまう。
でもね。
心は、
心だけで頑張っているわけじゃない。
精神的なダメージは、
少しずつ身体にも
影響していくことがあります。
眠れなくなったり。
食欲がなくなったり。
逆に、食べすぎてしまったり。
身体が重く感じたり。
頭が痛くなったり。
肩や首に力が入りっぱなしになったり。
何をするにも疲れてしまったり。
朝、起きることさえ
しんどく感じる日もある。
「病気というほどではないから」
「まだ動けているから」
「仕事には行けているから」
そう思って、
身体から出ている小さなサインを
見過ごしてしまうこともある。
だけど、
心がずっと緊張していたら、
身体だって休まることができない。
ずっと不安を抱えていたら、
身体もずっと身構えた状態になってしまう。
ずっと我慢していたら、
その我慢の積み重ねが
身体の疲れとして現れることもある。
だから、
「身体がつらいから休む」
だけじゃなく、
「心が疲れているから休む」
という考え方も、
もっとあっていいと思う。
目に見える傷なら、
周りの人も気づきやすい。
転んでケガをすれば、
「大丈夫?」
と声をかけてもらえる。
でも心の傷は、
外からは見えない。
笑って話していても、
心の中では泣いているかもしれない。
普通に仕事をしていても、
帰宅した瞬間に
何もする気力がなくなるほど
疲れ切っているかもしれない。
誰かにとっては
「そんなことで?」と思う出来事でも、
その人にとっては、
心が限界になるほど
つらいことだってある。
だから、
「もっと頑張らなきゃ」
と自分を追い込む前に、
「わたし、ちょっと疲れているのかもしれない」
と立ち止まってみることも
大切なんじゃないかな。
心の疲れは、
見えないからこそ
自分で気づいてあげるしかないことがある。
本当は嫌なのに笑っていないかな。
本当は苦しいのに、
「大丈夫」と言っていないかな。
誰かの期待に応えようとして、
自分の気持ちを後回しにしていないかな。
眠れない日が続いていないかな。
何をしても
楽しいと思えなくなっていないかな。
以前ならできていたことが、
急にしんどくなっていないかな。
そういう小さな変化は、
「もっと頑張れ」
というサインではなく、
「少し休んで」
という心からのサインなのかもしれない。
もちろん、
身体の不調には
さまざまな原因があるから、
何でも精神的なものだと
決めつける必要はない。
つらい症状が続くときには、
きちんと専門家に相談することも大切。
でも、
心と身体は
別々に生きているわけじゃない。
心が傷つけば、
身体も疲れる。
身体が疲れれば、
心も弱ってしまう。
だからこそ、
心を大切にすることは、
身体を大切にすることでもあるんだと思う。
誰かに傷つけられたとき。
無理を重ねてしまったとき。
我慢ばかりしてしまったとき。
「こんなことで弱音を吐いてはいけない」
なんて思わなくていい。
つらかったら、
つらい。
疲れたら、
疲れた。
もう無理だと思ったら、
いったん立ち止まっていい。
自分の心が出している声を
ちゃんと聞いてあげる。
それは、
甘えでも、弱さでもない。
自分を守るために必要なこと。
心が壊れてしまうまで
頑張らなくていい。
身体が悲鳴をあげるまで
耐え続けなくていい。
見えない傷ほど、
自分だけは
見過ごさないでいてあげよう。
あなたの心も、
あなたの身体も、
あなたが思っている以上に
ずっと頑張っているのかもしれないから。
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