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あの頃は、素直になれなかった。

※約2,300文字あります(❁ᴗ͈ˬᴗ͈)




あれは、
まだ社会人になって
間もなく経った頃のはなし。

当時のわたしには、
彼氏がいた。

その日は、
わたしの一人暮らしの部屋で
一緒に過ごしていた。

何がきっかけだったのか、
今となっては
もう細かく覚えていない。

本当に、
くだらないことだったと思う。

でも、
そのときのわたしたちにとっては
くだらないことではなかった。

言い合いになった。

お互いに引かなくなって、
少しずつ言葉も強くなっていった。

わたしは、
自分が悪いとは思っていなかった。

だから、
「ごめん」と言うつもりもなかった。

そして彼氏も、
同じような気持ちだったのかもしれない。

しばらく言い合ったあと、

彼氏はそのまま
わたしの部屋を飛び出して、
自分の家へ帰ってしまった。

バタン、と
ドアが閉まる。

さっきまで
そこにいたはずなのに、

急に部屋が
静かになった。

ひとりになった部屋で、
わたしはぼんやりしていた。

「……帰っちゃった。」

そう思った。

でも、
自分から謝る気にはなれなかった。

だって、
わたしは悪くないと思っていたから。

悪くないのに、
どうして
わたしが謝らなきゃいけないんだろう。

そんな意地があった。

だけど、
わたしは昔から
沈黙が嫌いだった。

喧嘩しているときの
あの何とも言えない空気。

話したいのに、
話せない。

連絡したいのに、
自分からはできない。

「もういい」

と思う気持ちと、

「でも、このままは嫌」

という気持ちが
ずっと心の中でぶつかっている。

悪くないのに、
謝らなきゃいけないような
衝動にかられることもあった。

「もう、わたしから謝ろうかな。」

何度もそう思う。

でも、

いや。

やっぱり嫌だ。

悪くないのに謝るのは、
なんだか納得がいかない。

そんなことを考えながら、
その日は彼氏と離れて
それぞれの家で過ごした。

きっと彼氏のことが
気になっていた。

でも、
自分から連絡する勇気はない。

携帯を何度も見てしまう。

連絡が来ていないことを確認して、
また置く。

そして、
また気になって見る。

今思えば、
すごく子どもだった。

でも、
当時のわたしは
彼氏のことが大好きだった。

だからこそ、
喧嘩したままなのが嫌だった。

仲直りしたい。

でも、
自分から謝るのは嫌。

好きだから、
離れたくない。

でも、
意地が邪魔をする。

そんな気持ちを抱えたまま、
時間だけが過ぎていった。

そんなとき、
携帯が鳴った。

彼氏からだった。

少しドキッとしながら
電話に出る。

すると、

「悪かった。ごめんね……」

彼氏がそう言った。

その瞬間、
なんだか張りつめていたものが
ふっと緩んだ。

わたしも、

「わたしもごめんね……」

そう返した。

結局、
どっちが悪かったとか。

どっちが先に謝ったとか。

そんなことは、
どうでもよくなっていた。

そこからまた、
何気ない会話が始まった。

さっきまで言い合っていたのが
嘘みたいに、

いつものふたりに
戻っていった。

そして、
しばらく話している中で、

わたしがふと思ったことを
彼氏に話した。

「明日、ストパーかけてくるね。」

すると彼氏が、

「そうなんだね!
髪もこころも綺麗になっておいで」

そう言った。

今でも、
この言葉を覚えている。

たぶん彼氏は、
そんなに深い意味で
言ったわけじゃないと思う。

ただの何気ない一言。

でも、
あのときのわたしには
なんだか嬉しかった。

髪だけじゃなくて、
「こころも」って。

喧嘩して、
意地を張って、
素直になれなかったわたしの心まで
気にかけてくれているような気がした。

恋愛って、
今思えば不思議だ。

自分が正しいと思っていると、
どうしても譲れなくなる。

「わたしは悪くない。」

そう思っていると、
謝ることが負けのように感じる。

でも、
大切なのは
どちらが勝ったかじゃない。

どちらが正しかったかでもない。

その人と、
これからも一緒にいたいと思えるか。

また笑って話したいと思えるか。

あの頃のわたしは、
そんなことまで考えていなかった。

ただ、
大好きな人と喧嘩したままなのが嫌だった。

声が聞きたかった。

また、
くだらない話がしたかった。

だから、
彼氏からの「ごめんね」が
嬉しかった。

そして、
わたしも「ごめんね」と言えた。

今思えば、
あれはどちらが悪いとかではなく、

「もう喧嘩は終わりにしよう」

という、
ふたりなりの仲直りだったのかもしれない。

翌日、
わたしは予定通り
ストパーをかけに行った。

髪が綺麗になった。

でも、
それ以上に、

心の中に残っていた
モヤモヤがなくなったことのほうが
嬉しかった。

「髪もこころも綺麗になっておいで。」

何気なく言われた、
あの頃の一言。

何年経っても、
なぜか覚えている。

人って、
大切な言葉ほど
覚えているものなのかもしれない。

言った本人は
忘れているかもしれない。

でも、
言われた側の心には
ずっと残っていることがある。

あの頃のわたしは、
素直になれなくて。

意地っ張りで。

悪くないのに謝ることに
納得できなくて。

それでも、
大好きな人とは
仲直りしたかった。

そんな不器用な恋愛をしていた。

今のわたしなら、
もう少し素直に
「ごめんね」が言えるだろうか。

それとも、
やっぱり少し意地を張るのかな。

そんなことを考えながら、
ふと、あの頃を思い出す。

まだ携帯電話ひとつで
一喜一憂していた頃。

喧嘩をして、
彼氏が部屋を飛び出して。

ひとりになった部屋で、
携帯が鳴るのを待っていた頃。

あの頃のわたしは、
まだ知らなかった。

何気ない一言が、
何十年経っても
心に残ることを。


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