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面前DVが子どもに残すもの

親同士が衝突する家で育ったせいか、

気づくと、人の機嫌ばかり見てしまう。
嫌だったはずなのにその場では笑って流し、帰ってから急にどっと疲れる。

そんな苦しさを、「気にしすぎ」で片づけたくない人に向けて、
今回はその理由を一つだけ整理します。




気づくと、自分の気持ちが後回しになる


人と話しているとき、自分がどう感じているかより先に、
相手の機嫌が悪くならないかを気にしてしまうことはありませんか。


本当は嫌だったのにその場では何も言えない。
断りたいのに、空気が悪くなるほうが怖くて引き受けてしまう。


そういう反応が続くと、『自分は弱い』『人間関係が下手だ』と思ってしまいやすいです。


でも、それだけでは説明しきれません。

自分の気持ちより先に、その場が荒れないかを気にしてしまうことに、
苦しさの理由があります。



結論


自分の気持ちが後回しになるのは、弱さではありません。


子どもの頃に、安心して感情を持つことより先に、その場が荒れないことを優先せざるを得なかった。


その反応が大人になった今も残っているのです。

面前DVは、「見ていただけ」で済む体験ではなく、子供にとっては緊張を逃げ場なく浴びる体験として整理されています。[1]


ですから今のしんどさは、性格の欠陥として見るより、あの環境で身についた反応の名残として見たほうが、ずっと正確です。



なぜ、自分より「場の安全」が先になるのか


親同士がぶつかる家では、子どもはのんびり自分の気持ちを感じていられません。

声の大きさ、
足音、
ドアの閉まる音、
沈黙の長さ。

そういうものから、「今は大丈夫か」を先に読もうとします。[2]


子どもの中で優先順位が入れ替わるのです。

つまり、『私は悲しい』『私は嫌だ』より先に、
『刺激しないほうがいい』『黙っていたほうが安全だ』と判断するようになりやすいのです。


こうして「自分の感情を後ろに回す」ことが、
生き延びるための反応になります。

大人の気分に過敏になり、自分の感情を見せないことで日々をしのぐことがあるとも整理されています。[2]


ここで大事なのは、我慢できたことと、傷つかなかったことは別だということです。

その場をやり過ごせても、自分の気持ちまで無事だったとは限りません。


この反応は子どもの頃には意味がありました。


しかし、大人になると、求められることが変わります。


人と対等にやり取りすること、
嫌なことに線を引くこと、
自分の気持ちを言葉にすることが必要になります。


だから、子どもの頃には自分を守っていた反応が、
大人になってからは苦しさに変わりやすいのです。



その反応は、今の人間関係でこう出やすい


仕事で断れないとき

たとえば仕事で、無理な依頼を断れないことがあります。
断る力が足りないというより、先に動いているのが「自分の都合」ではなく「場を荒らさないこと」だからです。

頭では『これくらい断っていいはず』と分かっていても、体や感情のほうが先に衝突を危険として受け取る。
すると、引き受けたあとでどっと疲れます。

トラウマ関連の困りごとは、過警戒や対人関係の難しさとして現れうると整理されています。[3]


近い相手に本音を飲み込むとき

近い相手との関係でも同じことが起きます。

嫌なことをされたのに、その場では笑って流してしまう。
傷ついたことをその場で言うより先に、
相手を不機嫌にさせないことを優先してしまうのです。

その結果、本音を言えなかった自分だけが残ります。

そして少し時間がたってから、『本当は嫌だったのかもしれない』と遅れて気づく。
これも、昔の反応が今も働いている形です。[3]



「気にしすぎな性格」だけでは片づけにくい


こうした反応は、外から見ると性格の問題のように見えやすいです。

でも、ここには誤解があります。
ポイントは、あなたの優しさや繊細さそのものではありません。


自分の気持ちを感じるより先に、
場の安全を守る反応が自動で動いてしまうことです。


ですので、「人間関係が下手」「断れない自分が悪い」と責めるのも違います。

トラウマに関連する症状や行動は、その体験に適応した結果として理解すべきだとされています。[4]


異常な状況で身についた反応を、平和な場所でまで抱え続けている。
まずはそう捉えることが必要です。



自分の感覚を後から拾うところからでいい


ここで大きく変わろうとしなくて大丈夫です。

気づくのが後からでも、遅すぎることはありません。


まず必要なのは、相手の顔色より先に自分を出すことではなく、後からでも自分の感覚を拾うことです。

たとえば一日の終わりに、『本当は何を感じていたか』を、一つだけ確認してください。
悲しかった、腹が立った、怖かった、しんどかった。その一語で十分です。


すぐに上手に言える必要はありません。

最初は、言えなかったことに気づくだけでも十分です。

後から気づけたなら、それはもう「自分の気持ちを後回しにしない練習」の始まりです。



おわりに


あなたは壊れているのではありません。

あの環境で必要だった反応を、今も持ったまま生きているだけです。

それだけ、簡単には手放せない反応に苦しんできたということです。


でも、裏を返せば——反応が身についたものなら、少しずつ見直していく余地もあるということです。


最初の一歩は小さくて十分です。

いきなり全部を変えようとしなくて大丈夫です。


まずは、自分が何を感じていたのかを一つ拾うところから始めてみてください。

それだけでも、前に進んでいます。



まとめ

・自分の気持ちが後回しになる苦しさは、弱さではなく、「場の安全」を先に守る反応の名残です。

・面前DVは「見ていただけ」ではなく、子どもにとっては緊張を逃げ場なく浴びる体験です。

・まず必要なのは、すぐに変わることではなく、後からでも自分の感覚を拾うことです。


このテーマをもっと整理したい方へ


もし今回の内容が刺さったなら、あなたの苦しさには、まだ整理できる部分があるのだと思います。

YouTubeでは、このテーマも含めて、「毒親育ちの生きづらさはなぜ続くのか」を整理しています。

人間関係だけでなく、行動や感情までつながった全体像を見たい方は、よければそちらも見てみてください。


Xでは、日常でふと自分を責めそうになったときに見返せるような短い言葉を置いていきます。


ずっと一人で抱えなくて大丈夫です。
また次の記事や動画で、一緒に整理していきましょう。



出典

[1] こども家庭庁『DV・性暴力対応と児童虐待対応の連携等について』
https://www.cfa.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/0f4a703f-3401-41d8-a066-f6359f892b8d/c44cbb02/20240911_councils_jisou-kaigi_r06_27.pdf

[2] National Child Traumatic Stress Network, “Complex Trauma: Effects”
https://www.nctsn.org/what-is-child-trauma/trauma-types/complex-trauma/effects

[3] NICE, “Post-traumatic stress disorder (NG116)”
https://www.nice.org.uk/guidance/ng116/chapter/recommendations

[4] SAMHSA, “Trauma-Informed Care in Behavioral Health Services”
https://library.samhsa.gov/sites/default/files/sma15-4420.pdf


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