父の財布を開いた日
⚠️ 本記事には家庭環境や子ども時代のつらい体験についての記述が含まれます。
読む方によっては不快に感じられるかもしれません。ご無理のない範囲でご覧ください。
小学生の頃の私は、父の財布をこっそり覗いていました。
お金なんて入っているはずがないのに、確認すると、たまに少し入っていることがありました。
そのお金を、私はこっそり抜くこともありました。
『どうせ自分のためだけに借りて、家族を苦しめるお金やろ?
私が少し使って何が悪い?』
そんな風に、子どもながらに自分を納得させていました。
けれどある日、そのことを父が母にばらしました。
母は結局相手にせず、父は家を出て、また戻ってくる。
そんな繰り返しでした。
ギャンブルにのめり込み借金を重ねる父。
「自分なら立ち直らせられる」と思いながらも、結局お酒に逃げ続ける母。
自由にぐれたり、高校を留年したりする兄。
そんな家族の中で、私はただやるせなさを感じていました。
父にも、母にも、兄にも、
「どうしてこうなんだろう」と思いながら、でも誰にも言えない。
行き場のない気持ちが、あの行動につながっていたのだと思います。
それは、子どもなりの精一杯の反抗であり、抵抗でした。
私はこんな家族でも「実の父親」だし、私が生まれたときにとても喜んでくれたと聞いていたので、どこかで「私を守るために黙っていてくれる」と勝手に期待していたんです。
でも、その期待はあっけなく裏切られました。
それが、もろくも崩れ去った瞬間でした。
そして、それは私の中で「父親」が「この男(ひと)」に変わった瞬間でもありました。
