見出し画像

自己紹介|乳がんサバイバー|母も乳がん|はじめてのnote

ごあいさつ

はじめまして、よしみのnoteにようこそ。

38歳から2年半、不妊治療をしてきました。
最終的に体外受精までしましたが、いま現在子供はいません。
優しい夫と猫2匹と暮らしています。

不妊治療中、これで最後だと決めて受けた手術中にアナフィラキシーを起こし、大きな病院に緊急搬送。
意識が戻るかどうかわからないと言われましたが、この世に戻ってきました。
目覚めてから数ヶ月は低酸素脳症による障害が出ていましたが、脳のダメージにより辛いことも辛いと判断できず、明るく過ごしていました。
低酸素脳症による障害が落ち着いたあとは、なんでもない幸せを今まで以上に噛み締める日々でした。

それから2年後、42歳のときに乳がんの診断を受けました。
48歳という若さで亡くなった母と同じ病気だったのでショックでしたが、夫に支えられながら治療してきました。
乳房部分切除術+放射線30回、5年間続けたホルモン療法がやっと終わったところです。

noteを始めた理由

人生においてしなくてもいい「死にかける」という経験を、2年の間に2回もしてしまいました。

2回死にかけたうちの1回目は、不妊治療中の事故による低酸素脳症の後遺症で頭がオメデタかったので全く辛くありませんでした。

2回目に死にかけた乳がんのほうが、かなりしんどかったです。

1回目に生き返ったときにの喜びの頂点から、乳がんで死ぬかもしれないという奈落の底に一気に突き落とされました。
その落差についていけず、なぜ自分だけがこんな目に遭うのだろうと絶望したこともありました。

絶望のどん底にいたとき、乳がんの情報を毎日のように検索していました。
一般的な医療系の記事で当たり障りのない医学的なことを知るよりも、乳がん患者さんの生の声が聞きたいと思いました。
同じ乳がんの仲間はみんなどうしているのか、どうやって向き合い、乗り越え、日々の治療をがんばっているのか、それが私の最も知りたいことでした。
乳がんの情報の中でも、自分に希望を与えてくれそうなブログや記事を必死に探しました。
自分が落ち込みそうな情報はシャットアウトして、とにかく希望を持てる情報を毎日何十ページも、何時間も探し続けました。

乳がんの手術を受けて5年経った今、振り返って気付いたことがあります。

私が検索して探していたのは、情報という名の「希望」でした。

一番しんどかったときの私が読みたかったのは「乳がんになったけど、元気で過ごしている人」の記事でした。

それは、今の私です。

書きたい書きたいとずっと思いながら、日々の忙しさを理由になかなか書き始めることができませんでした。
noteのアカウントを取っただけで、何も書かないまま、時間だけがどんどん過ぎていきました。

私は夫の扶養の範囲内でパートに出ていたのですが、このあいだパートの転職に大失敗しました。
今現在、就職活動はしていますが、直近の大失敗により人間不信気味です。
また失敗しないためにも、もう少し心が回復してからパートに出たい。
そんなわけで、今は時間も体力もあります。
なんだかんだと先延ばしにしていたnoteを始める時がやってきました。

これから書きたいこと

不妊治療をしたのに、子供に恵まなかっただけでなく命まで落としかけ、その2年後に乳がんになりました。

私が過ごしてきた日々は、アップダウンが激しすぎましたが、不幸なだけではありませんでした。

笑いと可笑しみ、人の温かさとありがたみ。

命の危機にさらされた自分の人間としての弱さ、強さ、図太さ。

読んでいる方がクスッと笑えたり、力がフッと抜けるようなnoteを書きたいです。

我が家のメンバーである夫と猫のこと、私と同じ乳がんという病気で亡くなった母との思い出、ささやかな日々の出来事や、大好きな料理のこと、健康のことについても書いていきます。

noteの更新は週1回くらいのペースでしようと思っています。
どうぞよろしくお願いします。

#自己紹介
#はじめてのnote
#乳がん
#乳がんサバイバー

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集