『青い星 青い空』短編読み切り
でも、もうこの星はいらないよね。
「え。」
思ってもいなかった返答にパッと顔を上げる。
教室には誰もいない。俺と、ユーコ以外は。雲一つない空が窓から見えて、真新しい葉が揺れる桜の木から木漏れ日が教室に陽をもたらしていた。
開けた窓から柔らかな風が吹いて、ユーコの濡れ羽色の髪の毛が肩からはらりと落ちた。
「ね、いらないでしょ、綺羅(きら)くん。」
「な、なんだよ…宇宙人ジョークか?そういうのやめとけって、あんまウケないぞ…」
にっこり微笑むユーコは宇宙人だ。誰も信じないだろうが、数ヶ月前に空から落ちてきたのだ。UFOから落ちたからユーコ。それが俺が彼女に与えた名前で、見つけた俺が責任を持って面倒を見ている。教室移動なのに寝過ごしてしまったので、仕方なくユーコと話していた。昨日見た映画が面白かった、とか。何気ない会話だった。さっきまでは。
「机の中身、見せて。」
「い、嫌だ。汚いから…プ、プライベート空間だし…」
「そう。」
ユーコが返事したと思った次の瞬間には凄い音がして机がひっくり返った。机の中身がぶちまけられる。急な暴力的な行動に驚いて声も出ない俺を差し置いて、ユーコは床に散らばった教科書を拾い上げた。
「なんでボロボロなの?」
「あ、え、俺がイライラして物に当たるから…いや、なんでこんなことすんの…」
早口で弁解するも、ユーコは次に床からノートを取って目の前でめくってみせた。歴史のノートには蛍光色のラインマーカーがヨーロッパ史の上に無意味な線を描いていた。
「なんで落書きがいっぱいあるの?」
「別に、クラスの連中とふざけてただけだが?なに?物に当たるなよな、あ、俺が言えた事じゃないか。アハ…」
場の圧に耐えきれなくなって面白くもない茶化しが口から溢れていく。ユーコは微笑んでいるが目の周りがまったく動かない、不自然だからやめた方がいいって教えたのに。
「綺羅くんいじめられてるでしょ。」
「だ、だから何?別にいじめとかじゃなくてイジリだけど…あいつらそんなに悪い奴らじゃないし、ほら、場のノリとかあるだろ…」
「友達って言わないんだね。」
「パーソナルスペースが広いだけだし、お、俺そんなに誰とでも友達になんないし、だって、ちゃんと友達になろうって言わないといけないだろ。」
「綺羅くん可愛いね。」
「は?」
「友達はね、教室移動の時起こしてくれるんだよ。置いてけぼりになんかしないんだよ。」
ユーコの言葉が心の柔い所にぐさりと刺さり込む。次から次へと考えていた弁解の言葉が喉に詰まってでてこなくなった。代わりにぶわりと熱いものが目頭に込み上げてくる。頬の内側を噛んだ。
「だからさ、別に良くない?こんな所。」
話が見えない。
「一緒に私の星へ行こうって事だよ。」
目の内側の熱いものを抑えるように深呼吸する。やっと絞り出した声は震えていて聴くに耐えなかった。それでもちゃんと聞こえるようにハッキリ言った。
「嫌だ。」
「なんでそんな事言うの。」
別に虐められてるのは気にしてないとか、でも少し、いや大分気にしてるけどユーコがいるから最近はマシなんだ。とか。宇宙って、海外にも旅行に行った事ないのに、そもそもインドア派なんだよとか。今のお前の顔は怖い、とか。様々な考えが浮かんでは消えていく。
「なんでこんな星で生きようとするの?体は重いし、相手の気持ちはわかんないし、気持ちがわかんないから喧嘩するし、ちっちゃなコミュニティを守ろうとして他の人を攻撃するし。人間ってわかんないよ。」
「俺らのこと、面白いって笑ってたのに…」
「お世辞に決まってるよ、わかんないの?わかんないか!やっぱり私の星に来るべきだよ綺羅くんは。そしたら私の気持ちわかってもらえるもん。」
熱いものが目から溢れた。同時に心臓がキン、と冷え込んだ気がした。なんだか寒いし、あいつの顔を見てると震えが止まらなくなる。
「泣いちゃったの。」
拭っても拭っても溢れてくるものを止められない。震えてるのは怖いからだって分かった。
「嫌いだ。」
「好きだよ。」
ユーコは、これまで見てきた中で一等かわいく笑った。
「これがたった一つの、冴えたやり方だと思うんだ。」
ユーコが俺に手を伸ばす。手かはわからない。白魚みたいな手は銀の液体みたいに変わって俺の首に伸びてくる。叫ぼうとしたけれど、喉が震えて何も言葉が出てこなかった。
「綺羅くん。人間は21gで全てなんだよ。」
ユーコの、彼女の、得体の知れない何かの声を最後に聴いた。何故か最初の頃の彼女の言葉を思い出した。
「地球ってなんで空が青いの?気持ち悪いね。」
ぷつりとそこで意識は途絶えた。
