短編:グラデーション
◉風まかせ文芸部【青のグラデーション】参加作品
彼女がいなくなって、三年が経った。別れたわけではない。死んだわけでもない。突然いなくなったのだ。
最後のメッセージは短かった。
「旅に出ます」
そのひと言だけで、電話は繋がらなくなり、SNSも更新されなくなった。
探してまわった。共通の友人にも聞いた。でも足取りは掴めなかった。まるで存在そのものを消してしまったかのように。
彼女は青い海が好きだった。空よりも、花よりも、海の青が好きだと言っていた。
理由を聞いたことがある。
「同じ色じゃないから」
彼女は水平線を見ながら言った。
「近くと遠くで違うし、時間でも違う。青い色がずっと変化してるでしょ」
その時はよく分からなかった。ただ隣で笑っていただけだった。
三年ぶりに、その海へ来た。駅から続く坂道も、防波堤も変わっていない。変わったのは自分だけだった。
彼女がいなくなった頃は、毎日が曇り空だった。何をしても上の空で、気づけばスマホを開いていた。もしかしたら連絡が来ているかもしれない……そんな期待を捨てられなかった。
だが三年も経てば、人は慣れる。毎日スマホを開くこともなくなり、気づけば、彼女のことを考えない日さえ増えていた。
海風を受けながら、防波堤に腰を下ろす。海は穏やかだった。
岸辺は淡い青。少し先は深い青。さらに遠くは紺色に近い。境目はどこにもない。色はゆっくり混ざり合っている。
そのとき、ふと思った。自分の気持ちも同じなのかもしれない。彼女のことを忘れたわけではない。今でも会いたい。理由だって知りたい。
だけど、あの頃みたいに苦しくはない。寂しさの中に日常が混ざり、日常の中に少しだけ寂しさが残っている。
どちらか一色ではなくなっていた。
夕方になると、海は群青から藍色へ変わり始める。スマホを取り出した。連絡先はまだ残っている。当然、メッセージを送っても返事は来ない。それでも構わなかった。
メッセージ画面を開き、少し考えてから一行だけ打った。
「今日は海がきれいだった」
送信ボタンを押す。既読はつかない。ずっとつくことはないだろう。でも不思議と寂しくはなかった。
水平線の向こうで、空の青が夜の青へ溶けていく。彼女はどこにいるのだろう。もう二度と会えないのかもしれない。
わからないままでいい、とは思えなかったが、少なくとも今は、海を見ながら笑える。それだけで十分だ。
暮れていく空は、青から青へと静かに色を変えていく。そのどこにも境界はない。
あの日から今日までの時間のように。
