短編:ひまわりが咲いた日
◉風まかせ文芸部【向日葵】参加作品
「ひまわり、咲いとるで!」
じょうろを手にした清子が叫ぶと、縄跳びをしていた和子、史美、光恵の三人が駆け寄ってきた。
「うわ、ほんまじゃ!」
「咲いとる! 咲いとる!」
史美と光恵は手を取り合い、何度も跳びはねながら喜んでいる。おとなしい和子は胸の前で小さく拍手をしていた。
「うちが水やりの日に咲いたんよ」
清子が自慢そうに顎を傾ける。
「清ちゃん、ずるい! みんなでかわりばんこに水あげたじゃろ」
光恵がほっぺたをふくらませた。
「明日ならうちの番じゃったのに」と史美も悔しそうな顔をする。
和子はひまわりを見上げ、「良かったね」と声をかけながらずっと拍手している。畑に咲いた四輪のひまわりは、彼女たちの背丈よりも高かった。
時は太平洋戦争末期。四人は国民学校初等科の一年生で、三年生より上の児童たちが集団疎開をしていたこの頃、まだ幼い彼女たちは親元に残されていた。
週明け最初の日ということもあり、婦人会活動に参加している母親がいる児童は、こうして早朝から学校へ来ていた。
時代の背景により、花卉等の不要不急な作物の生産は禁止されている。校舎の脇に作られた花壇は、食用作物の畑と化し、芋などが育てられていた。
その畑の一角に、子どもたちがこっそりと種をまいたひまわりが育ち、ここ二週間ほどは蕾の状態が続いていた。先週末から今にも開花しそうになっていて、自分たちで植えた花が咲くのをとても楽しみにしていた。
開花を喜ぶ彼女たちの顔は、大輪の花を咲かせたひまわりに負けないくらい、太陽のようにきらきらとして眩しかった。
午前七時三十一分、先ほど発令された警戒警報が解除になると、授業が始まるまでの時間、男子はチャンバラごっこ、戦争ごっこ、女子はあやとりや縄跳びをして遊んでいた。
そんな中、清子たち四人がひまわりの観察日記をつけていると、教員の田辺が近づいてきた。
「おっ、きれえな花が咲いたのう。毎日の水やり頑張ったお前らの手柄じゃな」
名誉の負傷で復員した田辺は、足を引きずって歩く。四十代半ばだが、髪はほぼ白かった。
「せんせえ、見て見て! うちが一番に見つけたんで!」
相変わらず自慢顔の清子に、史美も光恵も少々うんざりしながら、ひまわりの高さを測っていた。
和子は花びらの数でも数えているのか、指を折りながら一人でぶつぶつ言っていたが、おもむろに田辺に向かって尋ねた
「なあせんせえ、これ種とれるのいつなん?」
「そうじゃのう……はっきりとはわからんけど、来月の半ばか終わりくらいじゃろうな」
「ふうん。ほんならまたすぐ種まいたらひまわり咲くん?」
「いいや、寒うなったら育たん。種をまくのは来年の五月か六月くらいじゃのう。ほんじゃけえ種は来年まで大事に持っとかんとおえんぞ」
隣で聞いていた清子が人差し指を立てた。
「来年もひまわりの種まきする人この指とーまれ!」
三人はすぐに駆け寄り、清子の指を掴み合った。
「みんな、約束じゃけえな! 来年もまたひまわり植えよーな」
指切りを始めた子どもたちを見て、微笑ましく思いながらも、田辺はこの子たちの将来を憂いていた。
「来年にはもう少しましな暮らしが出来とるとええがのう」
食べることに事欠いている現状が少しでも改善されれば……すいとんばかり食べて、痩せ細っている子どもたちに腹いっぱい食わせてやりたいという思いが、田辺の口から独り言となってこぼれていた。
「よっしゃ、お前ら、授業始まるぞ。さっさと教室へ入りなさい」
四人の背中を押しながら、ふとふり返る。重なり合うような蝉時雨の中、朝から太陽の照りつける運動場には陽炎が立ち上っていた。
数年前なら、近くを流れる川に子どもらを泳ぎに連れて行ったりもしていたが、今日の非常時にはそれも叶わない。
「今日も暑うなるぞ」
そう子どもたちに声をかけたが、四人は将来の話に夢中だ。
「うち、日本が戦争に勝ったらいっぱい花を作る人になりたいなあ」
「うちはお米作っていっぱい食べたい!」
純真な子どもらの夢はかわいいものだ。
繁華街でもあった地区で生まれたこの子たちは、かつての豊かで穏やかだった時代を知らない。今ではその様相を変えてしまったこのご時世に、再びあの頃の賑わいを取り戻せる日は来るのだろうか。
そんなことを考えながら教壇に立ち、未来ある子どもたちの顔を見渡した。号令をかけ、皆で奉安殿に向かって敬礼をしたその時であった。
八時十五分、窓から強烈な光が差し込んできた。教室にいた誰もが目をしばたいた次の瞬間、田辺の子どもたちへの思いも、子どもたちの笑顔も、夢も、未来も、約束も、そして畑に咲いたひまわりの花も、全てが一瞬で消え去った。
昭和二十年八月六日、広島市中島町の相生橋よりやや南東の病院の近く、彼らの頭上約六百メートル付近で、人類史上初の原子爆弾が核爆発を起こした瞬間だった。
この物語は史実に基づいたフィクションであり、戦時中の広島を舞台として作成していますが、登場する人物とそれに関わるエピソードはすべて架空のものです。
