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大きなモヤモヤひとつ ~ パレスチナ支援者から“ひどい人”呼ばわりされる

ありがたいことに日々の暮らしは平穏で幸せですが、特に今年に入ってからはどこか重苦しい気持ちが消えません。世界情勢、あまりに不穏。想定以上のことが次々に起こり、そのひとつひとつも重いけど、それに伴って人々の攻撃性も増しているような…(分断のあちら側もこちら側も)。

殺伐とした空気にどんよりして、思わずPCを閉じてしまうことも多々。
そんな中、パレスチナの平和を呼びかけるアカウントから「これ、どうなん…!?」とギョッとするような批判コメントが書き込まれたり、”ひどい人”としてシェアされたり、それを見た別のアカウントからもさらに攻撃的なコメントが書き込まれたりする事態に見舞われました。

「黙ってスルー」でもよかったのでしょうが、考え込んでしまったのは、これがしょうもない荒らしコメントではなく、「正義に駆られた善き市民」(たぶん)から投げつけられた侮蔑的な言葉だったから。そして、おそらくは同じような摩擦が、場所とテーマを変えて、ほかの政治や環境問題などの中でも日々起きているような気がしたから。

…ということで、このモヤモヤ、自分なりにしっかり紐解いてみようと思います。

くれぐれも、「パレスチナ支援」を悪く言うつもりなどありません(ホント、勘違いしないでください)。むしろパレスチナ問題への意識はもっと広がってほしいと思っていて、その中で「誰もが嵌まってしまいがちな部分」をなるべく冷静に俯瞰するための材料になれば…という気持ちです。

また、今回のような人たちを「パレスチナ支援者の典型だ」などと言いたいわけでもありません(言うまでもなく)。みんなが攻撃的であろうはずがないし、逆に、攻撃的な人はどこにでもいます。実感として、「今回はたまたまパレスチナ界隈だった」だけで、「ほかのどんなトピックでも起こりうる象徴的な構図だな…」と思ったからこそ、深堀りする必要を感じました。
(※プライバシーの観点から、事実の細部は適宜改変し、インスタ上のコメントも削除済です)




1.まず手短に、パレスチナ問題への思い

重いパレスチナ問題。正直、僕自身のキャパを超えるし、なまじ口を開くと、詳しい人や強い思いの人からいろいろな言葉が飛んできそうだし、かと言って、口をつぐんでいると「沈黙は加担」とか言われるし、安易に口にすることに大きな難しさを感じてしまいます(この時点でいろんな人からいろいろ言われそうで、既に憂鬱…。異論はあって当然なので、できればあまり突っつかないでいただきたいなというのが本音)。

総論で言えば、とにかく「ひどい攻撃、やめてください…」に尽きるし、これまでの歴史の中でパレスチナはあまりにも不当に踏みにじられてきたのではないかと思うし、国連や人権団体が「ジェノサイドや国際人道法違反に当たる可能性が高い」とするほどの苛烈な状況に至っても、なお国際政治が何の歯止めもかけない/かけられない現実にはただただ茫然、というところです。

ニュース記事だけではどうしても「背景」や「リアルな状況」はわかりにくいので、少し踏み込んだ記事を探して読んだりもしています。(たとえば、ジャーナリストの安田菜津記さんのDialogue for Peopleのパレスチナ関連の記事など、重い現実と背景を伝えてくれつつ、過度に扇動的でないのが個人的にとてもフィットします。「読んだことないよ」という方は↓ぜひ)

たとえば
こちら
こちら
こちら
こちらなど

一方で本当に大切なイスラエルルーツの友人家族もいて、これが<彼ら彼女らにとっても>どれほど苦しい・望まない現実であろうかということも身に迫る部分があるので、イスラエル政府の行き過ぎた軍事行動や占領政策自体は到底正当化されえないとして、イスラエルの人も歴史も営みも、すべてをまるごと「悪」として危険視するような空気が一部で感じられることには、それはそれで非常に重苦しいものを感じています(外交や政治レベルでの“圧倒的なイスラエル容認”の裏返しでもあると思うので、その線引きは難しい)。

2.何が起きたか?

そんなわけで、僕自身はこれまでパレスチナ問題についてほとんどまったく言及してこなかったのですが、2年ほど前から、インスタグラム投稿にたびたび非難/抗議のコメントがつくようになりました。

当初は、何気ない投稿に対して、「それはイスラエルに加担している“ボイコット対象企業”の製品なので、使う/紹介するのは適切ではないと思います」とチクッと釘をさす程度の内容でした。

常軌を逸した攻撃性とはまったく思わなかったですし、一定の正当性もあるので、僕としてはそれなりの敬意をもって受け止めました。とは言え、当初からはっきりとした違和感や不快感は覚えたので、相手の方にはその気持ちを正直にメッセージし、都度、かなり踏み込んだやり取りを重ねてきました。

相手はお会いしたこともない方ですが、共通の知り合いも何人もいるし、何より、親愛なるエコ界隈で同じような方向を見て活動している方でもあるので、「ここでポジティブな対話ができないようでは社会に未来はない」みたいな気持ちもありました。

それが徐々にはっきりとした非難に変わっていき(頻度は多くなかったですが)、わが家がゲストハウスをはじめてからは「エコ・エシカル系インフルエンサーでありながら(※僕自身はそう名乗ったつもりはないし、吹けば飛ぶ程度の影響力なのですが)、イスラエルのジェノサイド経済に加担しているAirbnbやBooking.comをボイコットもせずに利用して(※これも僕自身の考えは後述)、イスラエルからの旅行客を平気な顔して受け入れるのですか?(※これは明らかに差別的)」と圧力をかけるようなコメントやメッセージが来るようになったばかりか、「サステナブルとか言いながら、この人、大丈夫?」と揶揄するようなストーリーを流され、見ず知らずの匿名アカウントからも攻撃コメントが来る事態となりました。

この「ボイコット」の問題は込み入っていて、狭いコメント欄で応酬できるようなトピックでもないので、げんなりしながら消去したら、「都合の悪いコメントを消去しましたよね?」みたいな追い打ちとかも来て、さらにげんなり…←まとめて消去しました。

「とにかくパレスチナを守らなくては!」という使命感に燃えての善意のアクションだったのでしょう。こちらとしては大迷惑でしたし、(以下に説明する通り)自分なりに考えた上で行動しているのに「人でなし」みたいに糾弾されたのは甚だ心外でしたが、それこそ、パレスチナの人々がどれだけ大変な苦しみの中にあるかを思えば、この程度は本当にどうでもいい被害です。

ただ、気になったのは、「ボイコットをこんな風に絶対視して、分断的に斬ってしまう人が、やっぱりいるんだな…」という現実。そして、ここまでやる人はさすがにごく少数だとしても、わりに多くの人がボイコットをそういう目で見ているのかも…??という思いが頭をよぎり(ボイコットに関する葛藤の声は頻繁に耳に入ってくるのです――「ボイコットすべきと思うのに、代替品が見つからない…」「イスラエル製品を使っているなんて、人には絶対言えない」etc. わが家のゲストハウスにも「Airbnbはボイコット対象なので予約できません」という声が何度か届いています。かく言う自分も、「どの程度避けるべきなのだろう?」「“加担”は避けたいけど…」と、どこか踏み絵をするようなプレッシャーを感じた時期が…)、ここはしっかり自分なりの考えを表明しておこうかな、と思いました。

長大になってしまいます。もっとすっきりまとめるべきなのかもしれないけれど、それこそパレスチナ問題は本当にデリケートだし、重要なトピックなので、「なるべく端折らずに書く」ことが自分なりの誠意かな、という風にも思いました。願わくば、パレスチナ問題について、ボイコットの意味・意義について、みなさんに少しでも(ご自身の頭で)踏み込んで考えてもらえるきっかけになれば、と思います。

※ボイコット…正確には、BDS=ボイコット・投資撤退・制裁を求める運動。イスラエル政府の政策や占領に加担しているとされる企業等に圧力をかけて事態を改善しようとする国際的な抗議活動。一方、「イスラエルへの偏見や差別を助長する」との反発もあり、欧米各地でこれを牽制する決議や「反BDS法」の制定がなされるなどの動きもある。
https://bdsjapanbulletin.wordpress.com/

3. なぜAirbnbやBooking.comは問題とされているのか?

AirbnbやBooking.comを利用している人、とても多いと思います。それが今、なぜパレスチナ文脈で「ボイコットすべき」と言われているのか?

理由はひとつで、「イスラエルが1967年以降に占領したヨルダン川西岸のイスラエル入植地にある宿泊施設を掲載しているから」です。

国連や人権団体の多くがこれらの入植地を国際法違反とみなしており、イスラエル軍による暴力や破壊行為の組織的な継続が問題視されています。これら“パレスチナ人から不当に奪われた土地”に建つイスラエル人所有の宿泊施設を掲載し続けていることによって、両社は入植地経済を支えている/そこから利益を得ている、と批判されているわけです。

この点、本当にその通りですし、「さすがにやめてほしい…」と思います。土地を奪われたパレスチナの人からしたら、たまったものではないでしょう(という言葉では済まないレベル)。知らない人も多いと思うので、こうした問題が広く知られることはとても大切だと思います。

ただ、調べると、もう少し複雑な背景もわかってきます。
Airbnbは2018年、一度、ヨルダン川西岸のイスラエル入植地にある数百件の宿泊施設をすべて削除すると発表して、大きな物議を醸しました。パレスチナからは歓迎される一方で、イスラエル側からは強い反発を招き、Airbnbが本社を構えるアメリカでユダヤ人やイスラエル人の原告から複数の訴訟が起こされる事態となりました。

数か月後、Airbnbは当初の削除方針を撤回し、ヨルダン川西岸の入植地物件を掲載し続けるとともに、これらの物件から得る利益をすべて人道支援団体に寄付する、と発表しました。

非常に残念な結果ではあるし、「圧力に屈した」と批判するのは簡単ですが、“反ユダヤ”の法的・政治的リスクのきわめて大きいアメリカで、Airbnbとしては(せっかく先陣切って大胆な削除方針を打ち出したにも関わらず、すぐに撤回に追い込まれるなんて)相当難しい判断を迫られたのだろうな…というのは思うところです(良い悪いとは別に)。

対するBooking.comも2022年、西岸地区の宿泊施設に「この地域を訪れると、安全や人権に対するリスクが高まる可能性があります」という警告ラベルをつけると発表したものの、やはりイスラエル側の反発を招き、単に「紛争の影響を受けている可能性がある」という、かなりトーンダウンした表記に落ち着いたと報じられています。

同じく「ボイコットの対象」とされているExpediaには、これまでのところ、こうした経過は報じられていないようです。他社のトラブルを横目で見ていて、同じ轍を踏むまいと思った可能性も大いにあるでしょう。

4. ほかの旅行サイトはどうなのか?

ちなみに、パレスチナ関連で「ボイコットの対象」とされている旅行サイトはこの3つだけですが、「では、ほかの旅行サイトは大丈夫なのか?」と言えば、必ずしもそんなことはなさそうです。

実は一時期、どうにも気になってしまって、“入植地フリー”の旅行サイトを求めて必死に探し回ったのですが、Trip.comにも、Agodaにも、ヨルダン川西岸の入植地にイスラエル人が所有していると思われる宿泊施設は、数は少ないながらもちゃんと掲載されています(入植地は入り組んでいるため、素人の何とない判断ではありますが――地図と照らし合わせながら、AIにも質問したりしつつ、何とか確認しました)。

数が少ないのは、おそらくどちらもアジアを中心に展開してきた後発サイトだからでしょうか? 中東地域での“存在感の薄さ”ゆえか、ボイコット対象からは免れていますが、こと「人権配慮」の面でAgodaやTrip.comの方がAirbnbやBooking.comよりもすぐれているということはまったくなさそうです(とにかく「安い・お得」なイメージ)。

日系サイトの楽天トラベルやヤフートラベルにも、ヨルダン川西岸の物件はひとつも掲載がありません(というか、中東全域にほとんど掲載がない)が、これも「単に市場が違うから」ということでしょう。仮に同じ状況で判断を迫られた時、果たしてどうなるかは…??

様々な旅行サイトの名前を出しましたが、実はこれら数ある旅行サイトの中で、Airbnbはかねてより、人権の配慮に関して、際立って積極的な方針を打ち出してきた存在です。難民への無償宿泊提供やLGBTQ支援、反差別ポリシーを一貫して進めてきたほか、2017年のトランプ政権下でいわゆる「イスラム諸国入国禁止令」が出された際には、これに反対の意を唱え、入国を拒否された人々に無料の宿泊先を緊急提供したという過去も…!

それこそかなりかっこよく、「ほかの旅行サイトも見習ってほしい」と思うレベルです。もちろん、「今は大企業になり、ずいぶん様子が変わった」という声もありますし、断じて「Airbnbのすべてを賞賛する」ということではないのですが、自分としては、これらの旅行サイトの中から選ぶのであれば、やはりどう考えてもAirbnbを選びたい――そう思う部分はあります。

どちらかと言うと、「ここまで攻めの姿勢を見せてきたAirbnbでさえ入植地の除外ができない、全体を取り巻く構造的な問題」の方が気になるのです。

5. なぜ撤退は難しい?

数ある旅行サイトの中で、「AirbnbやBooking.comばかりが槍玉に上がる」のにはもうひとつ理由があるようです。

それはAirbnbがごく小規模な個人宅を対象にした民泊ビジネスで、掲載件数がとても多いから(※Booking.comも、Airbnbほどではないですが、民泊を多く掲載しています)。他社はもともと「ホテル中心」なので、施設の「規模」は大きくても、「数」は少なくなります。

また、入植地というのはそもそもリスクのある土地なので、たとえば国際的なホテルチェーンが新たにホテルを建てる場合、「敢えて入植地に建てる」という動機は持ちにくいでしょう。そういう意味からも、数は限られてくるはずです。

一方、民泊は参入のハードルが低く、地域の一般住民が気軽にはじめられるので、必然的に「入植地にある宿泊施設の大多数が民泊」という状況になります。結果、「AirbnbとBooking.comは入植地に数百件もの施設を掲載していて、けしからん!」となるわけです。

加えて、民泊は「暮らしやローカル体験」を前面に出しているため、ホテル以上に「占領下の日常を観光化している」とか、「盗まれた土地のB&B」といった切り口からの批判も相次ぎました。これは実際、忘れてはいけない重要な問題提起だと思います。

ただ、こう読むと、あたかも「AirbnbやBooking.comが企業として悪質な入植地ビジネスをしかけている」かのような印象ですが、それは個人的には違和感があります。民泊サイトはあくまでも「自己登録型のプラットホーム」なので、単に全世界の宿泊施設が自ら登録したものがサイトに掲載されているだけ。AirbnbやBooking.comは、それらを積極的に宣伝しているわけですらなく、いわば“勝手に掲載されてしまったものをどう除外できるのか?”という話なので、ほかの企業が「イスラエル政府と多額の契約を取り交わしている」とか、「イスラエル軍に〇〇の支援をしている」などのケースとはずいぶん性質が異なるように思います。

もちろん、運営側の企業責任として、問題ある物件の除外は当然なので、「受け身だから何もしない/できない」ということではありません。実際、AirbnbとBooking.comは、ロシアとベラルーシに関しては同地の宿泊施設の掲載や予約をきっぱり停止しています。ロシアとベラルーシの場合は、全世界的に「制裁」の流れだったので、企業としても「安心して停止」することができたのでしょう。

それがイスラエル相手となると、なぜか話がややこしくなる。アメリカの多くの州では、イスラエルをボイコットする企業を“反ユダヤ”として牽制するような仕組みの法律(反BDS法)まで成立していますし、とりわけ現在のトランプ政権下における企業や教育機関への恐ろしい締め付けを見れば、企業がかなりのプレッシャーとリスクの中で「良心だけでは撤退に踏み切れない」ことは明白です。

「単にやる気がないだけだ」と批判する向きも多いかもしれませんが、逆にこの難しい状況下、「どんな企業が入植地からの撤退を成功させているのかな?」と調べてみると、メジャーな企業ではほとんどまったく成功例(=反発を恐れずに自ら勇気ある撤退を成功させた例)がないという状況…!! ひとつ知られているのは、社会問題に積極的に取り組んできたベン&ジェリーズというアイスクリームブランドが入植地での販売停止を宣言した例ですが、その後、親会社のユニリーバと泥沼の法的闘争となり、結局は同ブランドのアイスクリームが入植地で販売され続ける形になったばかりか、創業者のひとりは耐え切れずに辞任したとか…。

(これだけ読むと、「ユニリーバは何てひどい企業なんだ!」という感じで、実際ユニリーバはこの件を理由にボイコット対象企業として猛烈に非難されているのですが、ユニリーバ自身、フロリダ州など7つの州から「反BDS法に基づき、ユニリーバ株から数億ドルを引き揚げる」等の圧力をかけられた結果なのだと…。←もちろん「権力に屈する」のは褒められないかもしれないけど、いちばん悪いのはどう考えても「圧力をかける権力側」じゃない??)

こんな状況で、「後に続く企業」の出現を期待できるでしょうか? これはもはや、個々の企業にリスクを負わせて叩く次元の話ではないのでは?(だって、成功例がろくにない橋を、しかも自己責任で渡れと言っているようなものですよね…??)

だからと言って、「国際法違反とされる入植地の物件を掲載し続けてもよい=何の問題もない」ということではまったくないし、企業は常にできる努力をすべきですが、少なくとも「AirbnbとBooking.comだけを鬼の首を取ったように断罪する」ボイコットの風潮は、問題を矮小化しているように感じられてなりません。(しがないフリーランサーとして、わざわざ大企業の肩を持ちたいわけではないのですが、ふつうにそう思う)

大事なのは、やはり「枠組み」。個々の企業に無理やり難しい踏み絵をさせるのではなく、入植地の問題をどう取り扱うべきかという国際的基準の確認など、企業の“望ましい選択”をしっかり後押しするような議論/批判こそが必要なのでは…??

6. 矛先がぶれている?

Airbnb、Booking.com、Expediaの3社は、国連(OHCHR)の入植地企業データベースにも掲載されています。

このことにより、「国連も認めた加担企業」として批判を浴びたりもしているのですが、改めてこの国連の報告書の中身を眺めてみると、実はまったく「そんなトーン」では書かれていないことに気づかされます。

報告書はかなり慎重な書き方をしていて、「企業を国際法違反として断罪する」というものではなく、「加担」「共犯」というような言葉も使われていません。むしろ、国家に対して、「これら自国内の企業が人権を尊重するように規制・政策を整えるべし」と求めています。もちろん、「企業側も人権を尊重するべく努力すべし」としつつも、「その制度を整える主体は国家だ」として対応を促す、至極真っ当なロジックに思えます。

ただし、「国家に責任がある」のはその通りとして、実際に「どうすれば国家は動くのか?」となると、話はまたややこしくなります。各国の政治経済にはイスラエルの影響が根深く強固に及んでいるとも指摘されますが、そんな中で「制度改革を待っていたら、いつになるかわからない」というのは容易にイメージできるところ。となると、“次善の策”として、「目につく企業を叩いてみよう。そうすれば、人々も注目するし、もしかしたら世論が変化して、国も対応を迫られることになるかも…」という戦略が出てくるのも一定無理のない話です。

・・・AirbnbやBooking.comへのボイコットは、「この構図」においてのみ、正当性を持ちうるように僕自身は感じています。本当にややこしいですが、まとめるなら、以下のような感じでしょうか??

① AirbnbやBooking.comが入植地物件を掲載している現状は問題なので是正されるべし
② 当然ながら、AirbnbやBooking.comはそれぞれできる努力をすべし
③ しかし、その是正を国家等が阻害しているのであれば、本来はまず国家等を批判すべし
④ でも、国家等はなかなか動かないから、代わりにAirbnbやBooking.comをターゲットにすることで事態の改善を目指すべし

パレスチナ問題は本当にひっ迫した状況なので、「こうするよりほかない」という部分があるのは理解できます。でも、結果として、人々の批判の矛先は個々の企業にばかり向き、本来の問題はなかなか可視化されず、必要以上に悪者にまつり上げられた企業側も動くに動けず、結局事態は変わらない――のだとすれば、考え込んでしまいます。

(※もちろん、状況が今後どう転んでいくかはわからないですし、「何もやらないよりマシ/何かアクションを!」という部分もあると思うので、ボイコットの意義/可能性を全面的に否定するつもりなどありません。また、一言に「ボイコット」と言っても、対象として批判されている企業の事情は様々なので、中には僕自身、「これはさすがに手を引いてほしい/こういう企業を応援する気にはなれないな…」と感じるケースもあるので、ボイコット情報は定期的にチェックして、自分なりに個別判断の上、不買を心がけています)

少し重なって思い出されるのは、一昨年、コロンビア大学をはじめとするアメリカの数十の大学が、学生たちのガザ連帯キャンプを弾圧して大変な騒動になった件。あの件もかなりショッキングで、本当に様々な大学が批判されたし、逆に「うまく対応した」と賞賛された大学はほぼひとつもないような状況でしたが、少なくとも「〇〇大学への大規模な入学拒否~在校生もみんな退学しろ!」みたいなボイコット的な動きにはならず(なったら恐い)、広まったのは「大学の方針を改善しろ!」という内外からのまっすぐな声でした。

AirbnbやBooking.comについても、同様のまっすぐな問題提起や批判であれば、もっと納得感があるのにな…と感じます。企業相手となると、途端に「不買運動」「存在否定」、さらには「その企業の利用者や従業員までをも非難する」みたいな構図になりがちなのが、わかるようでいてモヤっとする部分。望ましくない分断につながる危険な部分でもあるように感じます。

7. ボイコットに感じる全体主義的空気

ボイコットの正当性を根本から疑問視するようなことを書いてしまいましたが、本来、ボイコットには大きな意義があります

最大の意義は、消費が数パーセントでも減ることによって、企業が行動変容を迫られること。それ以前に、「問題」が明るみに出るだけでも、ブランドイメージを低下させたくない企業にとっては大きなプレッシャーになるはずです。これは消費者が社会に変革をもたらしうる大切な可能性のひとつ。絶対に軽視されるべきものではありません。

でも、こういった「そもそもの目的」を考えれば、本来は「全員がボイコットする」必要などないはず。やりたい人がやって、せいぜい数パーセントの影響をもたらすことができれば、それで十分なのです。

にも関わらず、それこそ踏み絵のように、「ボイコットする人=いい人」「ボイコットしない人=ダメな人」みたいな倫理的な圧力が一部で生まれてくるこの皮肉…。

ボイコットはあくまでも「意思を表明するためのひとつのポジティブな手段」であってほしい。「ボイコットできる人が、ボイコットできる時にボイコットする」――これ以上でも、これ以下でもない。やりたい人が自由意志でやればよい。「無理してまでボイコットする必要なんてまったくない」というのが、あらゆるボイコットに対する僕の基本的な感覚です。

でも、「やりたい人が自由意志でやればよい」などと言っていると、運動が広まらない。だから、「多少強い言葉で煽ってでも参加者を増やさなければはじまらない」というところはもちろん理解できるけれど・・・結果として、多くの人がよく知らないままにキャンペーンに乗っかることになる。

「パレスチナの人たちに連帯しよう!」という感覚自体は、ごく自然だし、貴重なものです。実際、苦境にあるパレスチナの人たちにとっては、ボイコットが大きな連帯の力として感じられることでしょう。

その重要性は否定しえませんが、その反動(?)として、「ボイコットしない=思いが足りない=反パレスチナ」みたいな全体主義的な空気が一部の人たちの間で生まれてしまうのが、本当に悲しく危険なところ。

「ボイコットしない=パレスチナへの思いが足りない」などということがあろうはずはない。だって、AirbnbやBooking.comにはパレスチナ人が運営する宿も掲載されているのです。ボイコットするどころか、それを生活の糧にしているパレスチナ人も実際に存在するのですよ。この人たちを「非国民」のように吊し上げる空気が仮にあったとしたら、ゾッとします。

こちらのパレスチナ研究の専門誌に掲載された論文は、ガザ侵攻前の2020年のものなので少し情報が古いですが、占領下の特殊な条件の中でAirbnbを活用しているパレスチナ人の様子を人類学的な視点で分析した、とても興味深い内容でした。

パレスチナ側からの論文なので、総体としてはAirbnbの問題を批判的に論じているにも関わらず、そこにあるポジティブな側面がすくい取られていて目を開かされます(Airbnbが占領下のパレスチナ人の数少ない自由な収入源になっていたり、観光客にパレスチナの現実を見てもらうなど、貴重な国際交流の機会としても営まれているケースなど)。

パレスチナを思いつつも、様々な理由でボイコットには関わらない、という選択は十分にありえるはず(良し悪しではなく)。全体主義的にくくらず、「ボイコットする選択」も、「ボイコットしない選択」も、等しく許容されてほしい、と感じます。

8. 立場によって見えるものは違う

最後に、重要な点をもうひとつ。ずっと「ボイコット」という言葉を使ってきましたが、BDSでは様々な企業を以下の3つのグループに分けた上でボイコットを呼びかけています。

① もっとも加担度が強く、いちばん優先的かつ完全にボイコットすべき企業
② 草の根の動きで連帯してボイコットすべき企業
③ 代替可能であればボイコットし、圧力をかけていくべき企業
https://bdsjapanbulletin.wordpress.com/2024/01/27/つながる技術/

このうち、AirbnbやBooking.comは、③「代替可能であればボイコットし、圧力をかけていくべき企業」として括られています。つまり、「合理的な代替手段が存在する場合にはボイコットしましょう」というわけです。

同じグループには、グーグルやアマゾン、マイクロソフトなど(いずれもイスラエル軍との契約などを通して、AIやクラウドサービスなど構造的な技術支援をしているとされる)が含まれていますが、多くの人にとって、アマゾンはともかく、日常生活の中でグーグルやマイクロソフトの「合理的な代替手段」を見つけるのはかなり難易度が高いかもしれません。見つからない場合は、当たり前ですが「ボイコットできない」ということになります。

反面、AirbnbやBooking.comは、「宿の公式ウェブサイトや、ほかの旅行サイトで予約するなどして容易に代替できる」と考えられるので、ボイコットの気運も高まろうというもの。

でも、上述のとおり、「ほかの旅行サイトなら大丈夫なのか?」と言うと、決してそんなことはありません。もちろん、楽天トラベルなどの日系サービスは、現時点では紛れもなく「入植地フリー」ですが、それは単に「土俵の外にいる」というだけ。“運よく関わらずに済んだ企業”を選べばそれでいいのか…??

また、AirbnbやBooking.comに掲載されている大多数の小さな民泊には、「宿の公式ウェブサイト」なんてありません。公式ウェブサイトを立ててやっていけるのは、ごく一部のとても集客力のある民泊、もしくは一般的なホテルや旅館のみ。

となると、AirbnbやBooking.comのボイコットは、必然的に知名度や集客力のある大規模施設ばかりに利用が集中していくことを意味します。それってどうなの? 小規模な宿が煽りを食い、大規模な資本や有名チェーンばかりに利用が集中していくのって、それはそれでかなり問題含みな気がするのだが…。

旅行サイトには弊害も多々あると思いますし、民泊もいろいろ課題を指摘されている現状ではありますが、これらの枠組みの中で、宿の多様化やシェアリングサービス的な意味での民主化が進んだ価値も大きいと個人的には感じているので、正直、これを「容易に代替可能」と言われることにはかなり抵抗があります。

ということで、僕自身はAirbnbやBooking.comのボイコットに現時点では懐疑的な感覚を拭えませんが、「いろいろ考えた上でボイコットしたい」と考える人の意思は尊重したいし、そういう人たち(=多くは社会問題について積極的に考えるすばらしい人たち)にもぜひうちの宿に来ていただきたいので、インスタDMなどで直接予約のリクエストをいただけた場合には個別に対応していますし、ちょうど今年中には自社サイトも立ち上げて、より自立性を高めていきたいな、とは思っているところです。

でも、「そこまでのお金も手間も集客力も持てない」という宿も多いと思うし、これはやはり「強者のみが優位に対応できる」ということなのかな…と思ったりもします。

少し前、国連特別報告者(国連や各国政府に助言を行う外部専門家)のひとりであるフランチェスカ・アルバネーゼ氏が、AirbnbやBooking.com、アマゾン、グーグル、マイクロソフトなどを「ジェノサイド経済に加担する企業群」と位置づけた上で、自らAirbnbやBooking.comのアカウントを閉じ、「大した犠牲ではない」「簡単なところからやりましょう」「3か月使わないくらいできるのでは?」という趣旨の発言をしている動画が拡散されました。

アルバネーゼ氏は、強い表現でたびたび注目や論争を呼び、バイデン政権下のアメリカ政府からも解任要求を受けたり、トランプ政権下では「特別指定国民」=「すべての米国人および米国企業が彼女と取引することを禁じる」という恐ろしい措置(トランプ政権、本当に恐ろしい)を受けるなどしつつも、パレスチナ問題の状況改善に向けて揺らぎなく闘い、様々な人権団体から賞賛されている人です。(裏を返せば、「個人」だから揺らぎなく闘い続けられるかもしれないけれど、企業だったら「一巻の終わり」ですね…)

やはり、アマゾン、グーグル、マイクロソフトなどはそう気軽に代替できないだろうけど(実際はこれらの企業の方が“加担”の度合いは強いような気もするけれど)、せいぜい年に数回使う程度の旅行サイトなら「容易に代替可能」とされてしまうのは仕方ないことかもしれません。Meta社も同じようにボイコット対象として批判されているけど、だからと言って、インスタやFacebookをやめる人なんて、ほとんどいないですよね??(=代替不可能)

でも、民泊を「運営する側」からすれば、代替はまったく容易ではない。こうした不均衡――「無関係な人ほど強く簡単に物申せる」という優位性や、その中で「強者だけが対応できる」という構造――は世の常かもしれませんが、少なくとも、こういった「立場の違い」がより冷静に意識され、全体主義的な断罪や切り捨てが少しでも減ることを望みたいです。

9. まとめ

ようやく結論までたどり着きました。1円にもならないのに、こんなに長々と書いて、自分は一体何をしているんだろうと・・・心底思います。でも、この「ややこしさ」を端折って、わかりやすい結論だけを提示することはどうしてもできないと思った。少し書いては寝かせ、また少し書き足しては頭を冷やし・・・結局アップできるまでに1か月くらいかかってしまいました。

自分なりに真剣に誠意をもって書いたつもりだけど、もちろんいろいろ不備があるだろうし、大きく見ればボイコットに様々な疑問を投げかける内容でもあるので、一部の人からは残念ながら「敵認定」されてしまうのかもしれません。

でも、きっと関心をもって読んでくれる人はいるはずだし、これをきっかけにパレスチナ問題の「知らなかった側面」に気づいて、「もっと知ろう」としてくれる人もいると思うので、できるだけそういった人たちの参考になるようにと、いろいろな情報を盛り込みました。それが「ボイコットにも後ろ向きで、パレスチナ問題の解決に何ら貢献できない自分」がせめてすべきことかな、と思ったので…。

何より、これはパレスチナ問題にとどまらない「普遍的な構図」だと感じました。「今すぐ解決が望まれるひっ迫した状況」は、気候変動をはじめとする環境問題や政治全般にも広く見られます。

環境問題などについて言えば、自分はむしろ「優位に立つ側」だろう(=平均以上に意識も理想も高く、対応力もある/会社や組織に属しておらず、何でも忖度なく言える)と思うので、「自分を棚に上げる」どころか、「自分自身のこと」として考え込んでしまう部分が多々あります。(人への「押しつけ」や「断罪」には本当に自覚的でありたいと改めて思った)

でも、だからと言って、「みんないろいろ事情がある」「物事は複雑で簡単には決めつけられない」などと甘い言い訳をしているばかりでは、社会はいつになっても前に進まない。ある程度のところで、多少乱暴でも白黒つけて単純化せざるを得なかったり、時には多大な軋轢が避けられないような局面も多いわけですが、少なくとも、安易に白黒つけることの危険性には常に意識的でいたいし、その中で見失われてしまうものや、生みだされてしまう対立や分断にはできる限り冷静に向き合える自分でありたい、と思いました。

いちばん表層の部分では、今回のパレスチナ支援者の人からの攻撃的コメントは「いただけない」と感じましたし、そこには多分に論理の飛躍、あるいは暴走があった気がします。腹も立ちました。でも、(これは皮肉でもなんでもなく)こんなコメントを投げつけられたからこそ、これだけ考えるきっかけをもらった、というのは紛れもない事実です。「ボイコット」も、全面的な賛同はできない自分ですが、ボイコットの情報が広がっていたお陰で気づけた部分はやはり大きい。

そういう意味では、僕は両者からそれぞれ大きなものを受け取っています(これがどうしようもない荒らしコメントなどとは決定的に違うところ)。

正直、攻撃的な人は苦手なのですが、たとえば歴史レベルで見れば、「いろいろ配慮する良識人」よりも、「偏りも厭わず一直線な人」の方が、もしかしたら大きなパワーで物事を動かしてきたかもしれない(弊害もあるだろうけど)。

つくづく、果たせる役割は人それぞれ。それぞれの持ち味を生かして、社会の中で「ともに」取り組んでいくよりほかないのだ、と思います。

この長大な文章も、いろいろ反発を招いてしまうかもしれないけれど、そんな「広い意味」において、社会に資するものとして汲み取っていただけたら、と願います。

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