知人の目が変わった日。私がクラウドファンディングに踏み切るまでの記録
2025年のある日、久しぶりに会った知人が、少し言いづらそうに切り出した。
「気候変動って、もしかしたら地球の自然なサイクルなのかも…」
その人は、かつて一緒に環境問題について語り合っていた人間だ。
私が気候変動に問題意識を持っていることも、よく知っている。
だからこそ、言葉を選びながら話しているのが伝わってきた。
驚いたのは、その言葉そのものではない。
その人が、たった一人ではなかったということだ。
2025年を通じて、私の周囲にいた複数の人間が、似たような言葉を口にし始めた。
「気候変動なんて自然現象だよ」「結局、利権でしょ」
不思議だったのは、彼らの言葉がどこか「揃っている」ことだった。
まるでどこかで拾ってきた台本を、読み上げているようにも聞こえた。
そして、もう一つ気づいたことがある。
気候変動に懐疑的になった彼らは、ほぼ例外なく、移民問題にも強い危機感を持っていた。
気候変動と移民。
本来は別の文脈で語られるはずの二つの話題が、なぜかセットで語られる。
まるで、誰かがあらかじめパッケージングした「世界の見方」を、そのまま受け取っているかのように。
この記事は、その日から始まった私の葛藤と、クラウドファンディングに踏み切るまでの記録だ。
「空気」が変わった

サステラという環境メディアを、私は5年間運営してきた。
おかげさまで18万人にフォローしていただけるまでになった。
その5年間で、2025年ほど「空気」の変化を肌で感じた年はない。
Instagramのコメント欄に、以前とは質の違う言葉が届くようになった。
「気候変動は詐欺」「温暖化は嘘」「利権に騙されるな」
一つひとつは匿名の短い文章だ。
しかし、それが波のように繰り返し押し寄せてくるようになった。
感情に直接訴えかける物語の力。複雑な現実を「敵」と「味方」に切り分ける明快さ。SNSのアルゴリズムに最適化された発信。
その波は、月を追うごとに大きくなっていった。
彼らを断罪する気にはなれなかった
気候変動に懐疑的になった知人たちを、私は「間違っている」と切り捨てる気にはなれなかった。
なぜなら、これは個人の判断力の問題ではないと感じたからだ。
彼らは自分の頭で考えた末の結論だと思っている。
でも、その「結論」に至るまでに目にした情報を選んだのは、彼ら自身ではなくアルゴリズムだ。
なぜ、彼らの言葉はこんなにも「揃っている」のか。
なぜ、気候変動と移民がセットで語られるのか。
なぜ、SNSのアルゴリズムは人の世界観を丸ごと塗り替えてしまうのか。
その構造的な問題については、今回のクラウドファンディングページに詳しく書いた。
ここでは構造の話はしない。
この記事で書きたいのは、もっと個人的なことだ。
5年間への問い
私は5年間、論文を読み、データを確認し、図表を作り、キャプションの一語一語を吟味して発信してきた。
それでも、3日かけた投稿のコメント欄が、ソースも根拠もない一行の断言に呑み込まれる。
その光景を、何度も見てきた。
正直に言えば、虚無感があった。
そしてアメリカでは、SNS上の陰謀論にのめり込んだ家族との関係が崩壊するケースが社会現象になっている。
昨日まで同じ食卓を囲んでいた家族が、もう会話すらできなくなる。
私はそれを「海の向こうの話」だとは思えなかった。
なぜなら、私の知人たちの目が変わっていく様子を、すでにリアルタイムで見てしまっていたからだ。
ここで、私は自分自身に問いを突きつけなければならなかった。
サステラがやってきたことは、本当に意味があったのか?
5年間、正しい情報を届けようとしてきた。
でも、それだけでは状況は変わらなかった。
むしろ、悪化している。
「正しい情報を届ければ、人々は目を覚ます」
その前提そのものが、間違っていたのではないか。
受け手のままでは、変わらない
この問いに対して、私がたどり着いた答えがある。
必要なのは「より正確な情報」ではなく、情報を「作る側」に回る体験ではないか、と。
取材テーマを議論し、何を伝えるべきか悩み、発信の責任を肌で感じる。
その経験を通じてしか、アルゴリズムに流されない「自分の目」は育たない。
受け手を受け手のままにしておくことが、そもそもの限界だったのだ。
2025年12月。
このアイデアが、ようやく一つの形を結んだ。
サステラの「拡張編集部」、サスラボ。
読者が編集部員になれる場所。
「次はどの社会課題を取材すべきか」を投票で決め、編集会議で議論し、公募で選ばれた研究員が現場に足を運ぶ。
完成されたコンテンツを受け取るだけではなく、情報がどう作られるかのプロセスそのものに関わる場所だ。
構想が浮かんだ瞬間、「これだ」と思った。
5年間の違和感が、一本の線で繋がった感覚だった。
3人の限界と、一つの決断

もう一つ、正直に書かなければならないことがある。
サステラは3人で運営している。
これまで外部からの出資は一切受けていない。
誰にも忖度せず、複雑な問題を複雑なまま報じたいからだ。
その方針は今も変わらない。
しかし、3人でやれることには限界がある。
日々の投稿を作り、コメントに返信し、取材に行き、記事を書く。
その「維持」だけで手一杯になっている自分たちがいた。
「読者が編集部員になれるメディア」という構想は、頭の中にはあった。
でも、3人では実現できない。
人を増やすには資金が必要だ。
しかし、出資を受ければ独立性が損なわれる。
「この企業の批判は控えてほしい」
「この問題には触れないでくれ」
そんな圧力が、たとえ明示されなくても、空気として生まれてしまう。
パタゴニアやサラヤが環境問題において採算度外視の決断をできるのは、独立した経営を貫いているからだ。
私たちも同じでありたい。
独立性は守る。しかし資金は必要だ。
この矛盾を解く方法は、一つしかなかった。
読者から直接、支えてもらうこと。
クラウドファンディングという選択肢が、初めて「逃げ」ではなく「必然」として見えた瞬間だった。
それでも、黙っていられなかった
2026年1月、クラウドファンディングの準備を本格的に始めた。
正直に言えば、今でもためらいはある。
この記事の冒頭に書いた知人たちとは、今も関係が続いている。
気候変動に対する考え方が変わっても、彼らは彼らだ。
大切な人たちであることに変わりはない。
しかし、この挑戦を始めるということは、SNS上の偽情報やエコーチェンバーの問題を、公に、正面から語るということだ。
それを見た彼らが、どう思うか。
実は、数ヶ月にわたるクラウドファンディングページの修正の中で、あえて表現をぼかしていた時期があった。
あの知人たちに読まれたとき、「自分たちのことを言っているのか」と気づかれないように。
声を上げることで、いま続いている関係が壊れるかもしれない。
その恐怖は、今も消えていない。
でも、黙っていることの方がもっと怖かった。
黙っている間にも、あの構造は回り続ける。
声を上げなければ、もっと多くのものを失うことになる。
そう腹を括った時、背中を押してくれたのは、これまで関係を築いてきた人たちの言葉だった。
設立当初からのパートナー企業が、大きな支援を約束してくれた。
「やりましょう。サステラの挑戦を、うちは支えます」
別の企業の社長からも連絡が来た。
「ぜひ協力させてください」
この人は、以前一緒に環境問題の現場を回った時に、夜遅くまで一緒に議論してくれた人だった。
お金の話ではなかった。
「お前がやろうとしていることを、信じている」
そう言われた気がした。
3月16日。始まった。

あの知人たちの目が変わっていくのを、黙って見ていられなかった。
それが、私がクラウドファンディングに踏み切った最も個人的な理由だ。
2026年3月16日、サステラのクラウドファンディングがスタートした。
ここまで読んでくださった方に、一つだけお願いがあります。
下のリンクを開いて、ページを読んでみてください。
エコーチェンバーの構造。デマが科学の6倍速く広がる理由。法律でも教育改革でも間に合わない現実。そして、なぜ「読者が作る側に回る」ことが唯一の答えなのか。
この記事では書ききれなかったすべてを、あのページに詰め込みました。
読んでいただけるだけで嬉しいです。
そして、もし共感してくださったなら、支援という形で力を貸してください。
▶ クラウドファンディングページはこちら
いいなと思ったら応援しよう!
noteでの活動は、皆さまのスキやコメント、そして温かいご支援に支えられています。
「応援したい!」と思ってくださった方は、ご支援いただけますと幸いです。
いただいたご支援は、今後の記事制作や活動資金として大切に使わせていただきます。
一緒に持続可能な社会を実現していきましょう!