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編集長の恋26

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花江と博章は十一時ごろに帰って行った。
飲みすぎて途中でウトウトとしていた俊郎は、風呂から上がるとすっかり目が醒めてしまい、テーブルの上の室田から送られてきた写真を手に取り、お茶を飲みながらまた眺めていた。向かい側には洗い物を終え、自分の分も茶を入れた啓子が座っている。
花江の式から、風邪でもこじらせたのか室田は体調があまりよくないようだったが、それでも、式の二週間前に花江の独身最後にと鹿沼公園と自宅の金木犀前で撮影した写真と、結婚式当日の写真をそれぞれ二セット、大きく額装した新郎新婦二人の写真も二枚送ってきた。調子が戻ったらゴルフにでも招待してやろう。
その一セットは今日花江夫婦に渡し、額装した一枚は今は自分の書斎として使っている花江の部屋に飾った。
手元の写真の花江は、どれもが今日ひさしぶりに見た実物よりも五割増くらい綺麗だ。博章も今思うとどことなく日名子に似ており、それなりにりりしく写っている。啓子の顔はどの写真もややうつむき加減に見えた。
ご丁寧にサックスが床に落ちる瞬間を捉えたものまである。壊れたサックスを手に呆然とする顔が、自分でも可笑しい。
最後の一枚は、何も知らない室田がツーショットで撮った日名子との写真だった。
届いてすぐにこの写真だけを抜き取って机にしまいこんでいた。それを何回となく一人で眺めていたが、今日になってなんとなくそっと戻しておいた。
改めて見ると、写真の日名子の顔は白く光って、隣のグラスを持った自分の顔は真っ赤だった。結婚式にふさわしい紅白の彩りになっている。まことに縁起が良くはあるが、この二人は主役ではないのだ。
啓子がその写真を手に取った。しばらく見ていたが、こんな写真あったんですね、と言いながら返してよこした。ちょっと動揺したのが、啓子の目に映っただろうか。
啓子の気持ちが今どこにあるのかはわからなかったが、今の俊郎は啓子とのこうした時間が少しでも長く続く事を願っていた。 
振り返ってみると自分の結婚式以来、啓子とのツーショット撮影などは記憶にない。今度休みにでも写真館に行ってみるか。どう切り出せば良いのか、などと考えながら写真を袋に入れ、しまってあった戸棚をあけた。
そこには二日くらい前に来た後藤からの手紙を開封しないまま置いてあった。届いてから一度電話したが後藤は出なかった。特に折り返しの電話もない。室田によれば葬儀は奥さんの実家で密葬だったらしい。どこか地方らしく、線香をあげに行くこともできない。
室田に頼んで、後藤に渡せないままになっていたレッスン代を支払うために、落ち着いたら一度、三人でサックスの反省会を渋谷の居酒屋で開こうと話していた。
後藤はほとんど家族を語らなかった。まさかそんな状態だったとは、ひょうひょうとした後藤からは想像もつかず、その事実が書かれているであろう手紙の封を切ることをためらわせていた。
でも今日は違う。後藤から習ったサックスを家族の前で披露し、色々な事を思い、改めて後藤に心からの感謝の念が湧いてきたのだった。
もとより後藤の背負っている苦しみを一緒に分かち合うことはできない。それでも自分に新しい道を指し示してくれた友人として、後藤に接していくことはできる。そうしていこうと決めていた。俊郎は立ったまま封を開け便箋に目を通した。
 
〈拝啓 いつの間にか寒くなってまいりました。その後サックスの調子はいかがですか。何かありましたらまた遠慮なく呼んでください。
 お嬢様の結婚式の日に、お役に立てず申し訳ございませんでした。室田様より報告のご連絡をいただき、その辺りの事情を伊藤様にご説明いただいたと聞きました。本来であれば、自身の口から伊藤様へお話ししなければいけないのですが、すみません。
私の企画書の件では、伊藤様に多くのご指導をいただき本当に感謝いたしております。室田様にも相談に乗って頂き、お二人にはお礼の言葉もありません。
それでも今になってみますと、勝手な話ですが、私の本は今回出なくて良かったのではないかと思うようになりました。亡くなった妻のことやその他のことで切羽詰まってしまい、私はもしかしたら大切なものを見失っていたのかもしれません。
長い間妻が入院をしており、その間に離婚は成立していたとはいえ、やはり子供の母親と言うこともあり板挟みの毎日でした。今回妻が亡くなるという残念な結果に終わりましたが、私には残された小さな三人の子供たちがおります。
幸いこの子たちは妻の入院を機に、妻の実家がある岡山に行き、現在も妻の両親の元でのびのびと暮らしております。
私は東京での仕事を優先しておりますので、なかなか一緒にいる時間を取れませんが、残された親子四人でこれから強く生きて行こうと思っております。
これからもご指導ご鞭撻のほど宜しくお願い申し上げます。乱筆乱文お許しください。
 
追伸 伊藤様にご紹介いただきました広木舞さん。本当に素敵な方ですね。
その後何回かお会いし、今、健全なお付き合いをしております。
今度二人で伊藤様にお礼をしようか、などと話し合っております。
今後とも広木舞共々宜しくお願い申し上げます。    後藤 蓮〉
 
入院中に離婚した? 子供は奥さんの実家? 自分で育てているんじゃないのか。
広木と健全なお付き合いって。いつの間に?
こいつ、いったいどうなっているんだ……。
「もう一杯、お茶どうですか」
啓子に新しいお茶を勧められた。なんとなく力が抜け、その場に座り込んだ。
しばらくすると次第に自分でもわからない可笑しさが心の底から湧いて出てきた。
みんなそれぞれに色々あるな。
人生はおもしろいじゃないか。
「ああ、ありがとう」
「ふふ」
「なにがおかしいんだ?」
「ここ数年で、あなたからありがとうと言われたのは、二回目です」
「そんなわけないだろう」
そうなのか? ありがとうなんて、いつも言っているだろう? 多分。
「啓子、おれたちはこれからも結構時間があるんだよな」
「なんですか、急に」
「いやまさか、お前がギターを弾けるなんて思ってもいなかったよ」
「言ってませんでしたかしら。わたしこれでもバンド少女だったんですよ」
「聞いてないよ」
「あの頃はそういう時代でしたもの。女の子のバンドが流行って」
「おれらの頃は、ギターが弾けるなんてエリートだよ。せいぜいレコード鑑賞が関の山さ」
「私は女の子だけでバンドを組んだりしていたんですよ」
「本当か? うらやましいな」
思えば今まで啓子とこんな話をしたことがあっただろうか。
「なあ啓子。一緒になんかやろうか……。ほら趣味でさ、二人で出来る事でも」
「サックスはもうやめたんですか。わたしはギター教室にでも通ってみようと思ってましたのに」
お茶を注ぎながら啓子が答える。
「あなたが吹く曲の伴奏くらいは、すぐにでもできるようにと思いましたの」
「ああそれもそうだけどさ。なんかこうもっと夫婦で一緒に出来る同じ事がいいんじゃないか。ゴルフとか。そうだゴルフがいい」
「それなら、私、マラソンがいいですわ」
「マラソン?」
「あらご存じなかったんですか。たまに天気のいい日には相模川のあたりまで走ってますのよ。今はあの土手の紅葉がきれいで気持ち良いですよ。それに私、高校の頃陸上部だったんですよ。マラソンの大会で入賞したこともありましたわ」
「ああ、そういえば聞いたことが……あったのかもな」
やれやれ、マラソンだとさ。

#創作大賞2024 #恋愛小説部門

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