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編集長の恋18

18
 
「七階から飛び降りたって、どういうこと?」
俊郎は耳を疑った。
「ここにきて回復の兆しが見えて、ようやく表情にも明るさが戻ってきた時に突然だったって、後藤さん言っていました。この病気は治りかけが一番不安定なんだと」
「奥さん、なんの病気だった?」
「それが……、アルコール使用障害だそうです。それもかなり重篤な」
「アルコール?」
言葉が続かない。いないはずだった後藤の奥さんが自殺? アルコール使用障害? 頭が混乱していた。
「典型的なキッチンドランカーだそうです」
室田は話す覚悟ができたかのようにトーンを落として続けた。
「最初は、台所で沢山のビール缶を入れたゴミ袋を見つけたそうなんです。質すと奥さんは、子供が学校で使うから近所から集めていると。後藤さんは空き缶ロボットみたいなものを作るんだと本当に思っていたそうです。結局、子供たちにはお母さんはアルコールのトラブルだとは言えなくて、それで入院って事になって、それが二年前だそうです」
「むっちゃん、いつそんな話を」  
「企画書の件で結構連絡を取り合っていたもんですから。それでさっき電話を貰って。ぼくも奥さんのことは初めて聞いたんですけど、俊さんには知らせないでくれと。娘さんのおめでたい日だからと言われました」
「そうだったんだ」
「後藤さん、今回俊さんに企画書取り上げられなくて逆に良かったって言ってました。嘘をついて世間に申し訳が無いということと、何よりも女房の名誉のためにもと」
「そうか」
「本当は奥さんが長い事入院していて、その費用もばかにならなくて。結局後藤さんが子供を三人も育てているし、全部が全部嘘ではないんですけど、逃げられたんじゃなくてそういう事だったらしいんです」
言葉が見つからなかった。何となく感じていた後藤への不信感はこういうことだったのか。
居間から廊下越しに見える〈猫額苑〉には、今年も金木犀がオレンジ色の花を咲かせていた。辺りにはつい先日より独特の甘い香りが漂っていた。
この花は不思議な花で、咲いた当初はほとんど香りがしないのにある日一斉に香りを放つ。まだ小さかった花江が、この花くさーい、と鼻をつまんでいたことを思い出す。
突然に存在感を発する金木犀は、後藤の様だと、ふと俊郎は思った。

#創作大賞2024 #恋愛小説部門

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