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編集長の恋11

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「俊さん、昨日はすみませんでした」
「なにが」
「居酒屋ですよ」
昨日の俊郎はあきらかに様子がおかしかった。
「どうしちゃったんですか。後藤さんとなんかあったんですか」
「何にもないですよ。いつも通りさ」
「舞ちゃん、驚いてましたよ。あんな俊さん、初めて見たって」
「ごめん、謝っといて」
「バリバリの女性社長とは言え、まだうらわかき女性ですからね」
「娘くらいの歳だもんなぁ」
昨日とは打って変わり、俊郎はいつも通りの様子だった。俊郎が気分屋なのは百も承知している室田だが、昨日は広木舞のご機嫌取りで大変だった。
俊郎は室田が差し出した広木から預かった分と自分の分の居酒屋代を受け取らなかった。返しておいて、と拝むそぶりを見せた。
「娘って言えば、花江ちゃん、どうしてますか」
「花江?」
「ええ、この間言っていた、家に連れてきたキリンさんとは、どうなんですか」
俊郎の表情が変わった。どうやら不機嫌の原因はやっぱりそこにありそうだった。
「そのキリンがこの間の夜、またうちに来てさ。ミュージシャンなんだってよ。バンドでベース弾いてんだって。お前さんとおんなじですよ」
「へえベーシストね、それで」
「やっぱりろくな野郎じゃないね。本人はプロだなんて言ってるけど、全然食えてないんだな」
「バンドじゃ、なかなか大変でしょうねぇ。それでどうするって言ってるんですか?」
「どうするってなにが」
「何がって、花江ちゃんが会ってくれって、また連れてきたんでしょう。結婚とかそんな話になったでしょう」
「はっきりとはないけどな」
「ほらぁ、やっぱりあったんじゃないですか。それで俊さん機嫌悪いんだ」
花江は、いつもはっきりとした物言いで、よく言えばさばさばとしてきっぷが良い。俊郎の家に遊びに行くと、室田のおにいさま、おこずかい頂戴、なんて悪びれずに言われたりする。冗談とはわかっていても、思えばその度に、何とも言えない気持ちを味わっていた。
「それでそいつが、花江と一緒になりたいから仕事替えたんだと。学校とか企業のトイレ用品の営業らしい。誰もやりたがらないから給料がいいんだって。ま、ベース弾きなんて浮き草稼業に較べりゃましだなっては思ったけどね。あの方は真面目な青年です、なんてばかに肩持つんだよ、啓子のバカも」
「堅気になったってことですね。もしかしたら本当に真面目な人かもしれないですよ。ベースって結構バンドの中では堅実な奴が多いんですよ。締まり屋なんです。ぼくが花江ちゃんでも、バンドマンだったらベースと結婚するな」
「なに無責任なこと言ってんだよ」
「花江ちゃんも結婚かぁ……そうだ、式の写真はぼくに任せてくださいね」
「早いんだよ。まだ決まってないから。てか、むっちゃんは呼ばないよ」
「……またまた。ぼくにとっても妹同然じゃないですか」
「ずうずうしいんだよ。それ言うなら姪っ子だろ」
確かにそうだ。胸が少し痛んだ。
「日程とか決まっているんですか?」
「そんなのまだわかんないよ。だってふわふわした野郎だよ。だいたいねぇ、ベースを弾いて立派に食ってる人だっているわけですよ。プロとしての仕事をしてね。そうだろ」
「ええまあ」
「結婚するからって、あっさり仕事替えちゃうってのが気にくわないんだよ」
「だって花江ちゃんのことを思って安定を取ったんじゃ」
「安定ってなんだよ。給料がちょっと位いいったって、しれたもんですよ。男がその道で行くって決めたからには、そこで踏ん張って女房子供を養っていく気概がなくてどうすんですか」
「食わせていくために別の道を行くってのも、ある意味勇気ある決断ですよ」
「そんなのはわかってんだよ。でも女子供に惑わされるようじゃ、何やってもはなからダメですよ」
「花江ちゃんはどう言ってるんですか。結婚しても続けるのかな、美容院」
「もちろんだよ。花江は花江で、最初は私が食べさせてあげるから博章さんにベースを続けるようにすすめたのよ、なんて言ってんだよ。それでも、わたしだけにつらい思いはさせたくないって新しい仕事についてくれたのよ、なんてな。どっちもバカだな」
「でも、結構見どころがあるんじゃないですか」
「ないよ。この間も家に来て何するでもなく、ビールだけ飲んで帰ったよ。ヒロアキさんおビールでも、なんて啓子も妙な声出しやがって」
「はは、大変ですね、お父さん」
〈ププー〉
そのとき俊郎の前の電話が鳴った。受話器を取った俊郎の表情が変わった。
「ああどうも、いやこちらこそ。何言ってんの。ぜーんぜんそんなこと無いよ。来てもらえて嬉しかったよ」
俊郎は受話器を押さえて、舞ちゃん、と言った。
「隣にいた、あの変なのにお灸を据えたんですよ。サックス? ま、色々あって今習ってるという感じでね。そう悪い奴ではないんだけど。いいのいいの、おれから言っとくから。舞ちゃんはうちの大事なスターだから。今、目の前にむっちゃんいるけど、代わる? そう、じゃあまた今度。次はカッコイイ店にご招待しますよ。ええ、じゃあ、すみません」
電話が終わると、俊郎は、フィー、と大きなため息をついた。

#創作大賞2024 #恋愛小説部門

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