映画『国宝』から読み解くアゲマンとサゲマン
みなさんはもうご覧になりましたか?
映画『国宝』
予告編を見たときから注目していたし、周りの人からもすごくいいよ!と強く勧められていました。しかし、その期待値の高さゆえなかなか見る気になれず、、、ありますよねそういうこと。
先日、たまたま時間がありふと見てみようという気にもなったためいざ映画館へ。もうね、最高すぎるよ、、、圧倒されてしまいました。見終わった後は映画の世界に入りすぎていて、主題歌のルミナンスをループしながら外でワイン飲んで余韻に浸っていました。
そんな話はさておき、この映画を見ているときにふと目につくことがありました。それは「女」です。この映画の感想や考察では、「血と芸」「雪」「2度の曽根崎、鷺娘」など様々言われております。が、私は「女」、具体的に言えば「アゲマンとサゲマン」が対比されていることが気になりました。
男の人生は金と女、とよく言われています。もちろんこれが全てではないです。しかし、付き合う女によって男が変わるのは事実です。ピカソも付き合う女によって画風が変わっています。人生が上がることもあるし下がることもある。あの人と付き合ってから成功したよね、なんて話しもあるくらいです。そんな男の運を上げてくれるのが「アゲマン」。この映画でもアゲマンとサゲマンがわかりやすく表現されていました。この人といるときは上がっているな、この人と付き合ったら下がっていったな、という具合にそれはもうわかりやすく。
私自身、女に引っかかることばかりでした。しかし、そんな人生では自分の力を100%発揮することはできません。本来の自分はこんなはずではないのに、なぜこんなところでつまずいているのか、うだうだしているのかと思うこともありました。そして、その理由は「女」でした。女に引っかかって前に進めていませんでした。詳しく言えば「サゲマン」の女に引っかかっていた、ですね。
今回は『国宝』を参考に、アゲマンとサゲマンを見ていきましょう。
男の人生「金と女」では、階層が低いです。
男の人生は「創造」です。何かを創る、そのために男は存在しています。そしてそのためにも「女」の力は重要になってきます。
あなたがサゲマンに引っかかって人生を終わらせてもいいのか、
それともアゲマンと結婚して周りに影響を与えていく人生にするのか。

そもそも「アゲ」「サゲ」とはなにか
まず言っておきますが、今回のnoteは女性を否定するものではありません。女性が持っている「ある力」は非常に強力です。その力で破滅する男もいます。その前にまずはアゲマン、サゲマンとは何かを見ていきましょう。
チャットGPTに聞いたら、概ねいいことを言っていたので以下に引用します。しかし大事なことは書いていません。【意味】のところを読むだけであとは飛ばして大丈夫です。
※本もそうですが、大事なことは隠されています。世の中割とそういうことがあります。だから「情報」が高値でやり取りされているのです。
「あげまん」「さげまん」は日本の俗語で、特に男性との交際や結婚によって、その男性の運気や成功にどのような影響を与えるかを表す言葉です。以下に、それぞれの意味と具体例を示します。
■ あげまん(揚げ万/上げまん)
● 意味
付き合った男性やパートナーの「運気」や「仕事運」「金運」などを“上げる”女性のこと。
精神的にも経済的にも男性を成長させたり、成功に導く存在とされます。
● 特徴
相手の長所を見つけて伸ばす
男性を尊重し信じる姿勢がある
自分自身も成長しようと努力している
愚痴が少なく、ポジティブな言動が多い
男性の本質(才能・志)を理解して支える
● 具体例
交際を始めてから彼氏の仕事がうまくいき、昇進や起業に成功した。
男性が夢を諦めそうなときに背中を押し、結果的に夢を叶える。
お金に困っていた彼氏が、彼女と出会ってから収入が安定するようになった。
■ さげまん(下げ万)
● 意味
付き合った男性やパートナーの「運気」や「仕事運」「金運」などを“下げる”女性のこと。
一緒にいることで男性が不調になったり、判断を誤ったりする傾向があるとされます。
● 特徴
ネガティブな言動が多い
相手をコントロールしようとする
愚痴や不満が多く、応援よりも批判が中心
自分の価値観を押しつける傾向がある
自己肯定感が低く、相手を必要以上に依存させる
● 具体例
男性が転職してから彼女が束縛するようになり、仕事に集中できなくなった。
男性が夢を語ると「無理に決まってる」と否定する。
結婚後に男性がうつ状態になり、仕事を辞めてしまう。
ちなみにア〇マンのマンは、マ〇コのマンではないそうですよ!!!
GPTサン「その男性の運気や成功にどのような影響を与えるか、具体的には~~~」
まあ、そうなんですよね。そうなんですけど、めっちゃ大事なことが抜けています。その大事なことがアゲマン、サゲマンの核であり、先に話した女性がもっている「ある力」でもあります。
それは、
「相手に〈命〉を与えることができる力」
いきなりすぎて、どういうこっちゃ!という声が聞こえてくるのがわかります。
〈与える〉こととは、その字の通りです。相手にあげることができます。
そして大事なのは、与えることができるのであれば、その逆の奪うこともできるということ。
つまり、女は〈命を奪う〉ことができる。できてしまうんです。
お金がなくなって自〇する人もいますよね。そういうことです。
未来がどうなるか、でみるとわかりやすいかもしれません。
仕事とワタシどっちが大事なの!と言われ仕事をセーブすれば、将来出世して増えるはずだったお金がもらえなくなる→金(運)が減る→・・・
お金がなくなってこれば、住む家を変えなければいけなくなってくるかもしれません。節約のためにお昼は500円以内に収めなきゃいけない、好きな服も買えない、最悪借金をして、それも返せなくなって、、、
一見関係ないようなことも、将来の負債になってしまう。
これが〈命を奪われる〉ということです。
上記でGPTサンが言ったようなサゲマンの具体例は、命を奪うことにつながっています。今この瞬間何かを(物理的に)奪われる、というよりかは未来の人生が下がっているか(奪われているか)です。
我々にこのようなサゲマンに捕まっている暇はありません。
時間は貴重です。
アゲマンと出会い、その力を創造に使いましょう。

『国宝』に見るアゲマン、サゲマン
ネタバレになるので、まだ映画を見ていない人は次の章に飛ばして大丈夫です。ここでは上記のアゲとサゲの特徴を登場人物に合わせて書いています。
(2026.3.2)
今ぐらいであれば、もうみなさん見たことでしょう。
え、まだ見ていないって?!
エンディング後のなんとも言えない感覚は唯一無二なので、ぜひ見てくれ!
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※映画版を見たのみです。小説は読んでいないので登場人物の本当の気持ちはわかりません。あくまでも個人の感想であることをご承知おきください。
早速ですが『国宝』での
アゲマンは「ハルエ(高畑充希)」
サゲマンは「アキコ(森七菜)」
です。
それぞれの出来事を見ていきましょう。
〇ハルエ(高畑充希)
・青年キクオ(吉沢亮)が、大舞台(みやこざ)に立つことができた。大阪に引っ越してきたときからずっと支えてくれた。
・中年しゅんぼん(横浜流星)が、歌舞伎に復活することができた。歌舞伎から離れた時にずっと支えてくれた。
キクオは代役で立った曽根崎心中でハルコを失ってしまいます。その後は2代目の死もあり大役につけず脇にいるような役者になっていました(アキコの父に大役をお願いする、アキコの父が怒鳴り込んできたときも一番端っこの役だった)。
キクオはハルエといた時代が良かったですね。純粋に歌舞伎を、芸がうまくなることを楽しんでいました。逆にしゅんぼんはハルエに支えられたおかげで歌舞伎界に復帰することが出来ました。それまでのしゅんぼんは飲んだくれで女遊びもたくさんしたんでしょう。そこで女の恨みを買い、父から「代役はキクオでいく」と言われた。稽古より女に夢中になったため、真剣さに欠け技術も不足していた。そこを父に見られていたんでしょう。自業自得ですが、御曹司にあやかるサゲマンに囲まれて、芸に本気をだせなかったんでしょうね(ポイント①)。
〇アキコ(森七菜)
・小役のキクオ(イケメン)に好き好きアピール。キクオもこの女の好意を利用して大役を得ようと覚悟する(ニチャア)←実はアキコの思うつぼである(ポイント②)
・キクオがセックスしたら歌舞伎の重鎮の怒りを買い、その世界から出ることになった。生活するための場末での興行。車も壊れる。
「男じゃねえか!」「だましたな!」(ボコボコ!)
「どこ見てんの・・・」
「あ~~~~~ああ~~~~~^^(素敵な舞)」
キクオの頭がおかしくなる(ポイント③)。
単純に、
ハルコと一緒の人は人生が上がり、
アキコと一緒の人は人生が下がっていた
そう見えました。
ここでもう一つ大事なことを。
ポイント①②③と書きましたが、ここで何を言いたいかというと、男側が頭が狂っている、ということです。別の言い方をすれば、正常な判断ができなくなっている。
①:しゅんぼん「女!酒!セケス!!うひょーーー」芸は二の次、、、
②:キクオ「だめなのはわかるが、重鎮の娘を利用すれば、、、」
③:キクオ「あそこでセケスしなきゃよかった、、、ああ~~^~^」
上記は完全な憶測ですが、たぶんそんな気持ちだったと思います。
普通だったらそんなこと思わないよな、と思うことも平気でしてしまいます。これが正常な判断が出来なくなっている、頭を食われている、ということ。
「カマキリのメスがオスを食う」
サゲマンはこれです。カマキリのメス、と覚えておきましょう。
オスの頭をむしゃむしゃ食べてしまうのです。オスは頭をとられる、ゆえに正常な判断が出来なくなる。思い当たるふしはありませんか。これのすごいところは、直接女が原因だと思わない場合もあるのです。
私の話ですが、
1月に、とある女性と付き合いました。
2月に、いい話(お金系)が舞い込んできました。
3月に、そのいい話にガッツリ乗せられそうになりました。
いい話はもちろんいい話ではなく、むしろ最悪死に至るような道を選ばせられるような話だったのです。
今思えば、そんなのヤバい道やん、と思いますが当時の私は正常な判断ができておらず、その道がキラキラ光って見えていました。
3月、いい話に乗せられそうになった時、本当にこの道でいいのかすごく悩みました。ただ、3時間後には答えを出さなきゃいけない。究極の2択が目の前にありました。生きる道と死ぬ道。どちらを選ぶか。その時は死ぬ道がまさか死ぬ道なんては思っていません。どっちがいいのか判断できなくなっていました。いい話のほうに行くことは恩師に背く道。
なんとなくわかっていつつ、後ろめたい気持ちで恩師に電話。
そこで「しっかりせえ」と言っていただき、正気に戻りました。
それはまるで蜘蛛の糸。最後の最後の細い糸でした。
電話しなかったら、電話をしても話を聞かなかったら、今頃は死の道を歩んでいました。生きていたのか、生きていたとしても恩師に対して不義理をしたという大きな後悔があったはずです。
国宝で言えばタケノです。歌舞伎興行の会社のアイツです、後半からキクオとのタッグが見てて気持ちいですよね。
場末の興行でフラフラなキクオを訪れ
「三代目、元気そうじゃねえか」
は、救いの糸だった。
あれがあったからキクオが歌舞伎界に戻ることができた(とはいえ、マン菊さんという悪魔がいますが)。
だいぶ話がそれてしまいましたが、
サゲマンはカマキリのごとくオスの頭を食べ、正常な判断をできなくさせます。
この、カマキリに捕まるというのが、
セケスをした(直接肉体を交わした)とき。
そして、
男がこの女とセケスしたいと思ったとき、想像したとき
も実はカマキリに捕まっているのです。
つまり、上記のポイント②でアキコがキクオに「誕生日来てよ~!」といったときからキクオがしめしめと思っていた、そのときにはすでに捕まっていたのです。案の定、正常な判断ができずセケスしてしまい、アキコは(このイケメンは私のものよ)としめしめと思っていたことでしょう。
そのため、男は全力で頭を守らねばいけません。
スカートが短かくヒラヒラなびいているときも、ぴちぴちニットでおっpいが強調されているときも、アヘアへとついていくような男ではだめなのです。そんな女に騙されてはいけません。女はとても計算高いです、巧妙です。
逆に男はバカです。
女が計算しているなんてこれっぽっちも思っていません。また、女は今じゃないなと思ったときは下手にでて様子をうかがっています。男側が女を見定めているときは女も気づいており、あまり行動をおこさないでしょう。女はそういう勘所に敏感です。男が女を支配できていると思っているとき、実は女が男を支配していることでしょう。
あまり難しく考えず
サゲマンはカマキリのように頭を取ってくる
それはセケスをしなくても思っただけでダメ
ということを覚えておきましょう。
我々にはやるべきことがあります。
そのために、頭をとられた状態でよいのでしょうか、否。
女のヒラヒラになびくな。徹底して自分の頭を守れ。
(2026.3.2追)
女の存在は大きいです。
例えるなら、女がバスケットボールだとしたら、男はピンポン玉です。ゆえに女のほうが向かいたい方向へゴロゴロ向かう力が強いんです。
「水は方円の器に従う」
男が水で、女が器です。器のデカい男になれ!とよく言いますが、あれは逆なのです、実は中身が男なのです。
方円の器に従う、つまり男は良くも悪くも女に捕まったら最後なのです。
その水(男)がもし悪い器(サゲマン)にぴったりはまったならば、そのままサゲマンの思うように扱われていきます。
また、サゲマンがやる「命を奪う」ですが、もう一つ言い方があります。
「(男の)成長点を喰う」です。
昔、理科でやったと思います。植物にあるアレです。成長点があるからこそ、根や茎はグングン伸びていきます。が、コレが喰われて無くなってしまえば成長することができません。
サゲマンはこういうことを自然とやってきます。
以上より、サゲマンと付き合うことはどういうことかがわかっていただけたと思います。ええ、それぐらい付き合う女性は大事ということなんです。

アゲマンと付き合うためには
世の中には反射の法則があります。
自分が嫌うから、相手からも嫌われる。
自分が奪おうとするから、相手からも奪われる。
先にも書いた通り、アゲマンは与える、サゲマンは奪う。奪うの逆は与える。そのため、自分も与える側の人間であること、がアゲマンと出会えるかどうかの必須条件になってきます。じゃあ女が欲しいものを買い与えればいいのか、というとそういうことでもありません。なんでも買い与えていたら、相手にとってはそれが当たり前になってしまい自分で努力して買う喜びやその努力の仕方さえもわからなくなってしまいます。これは果たして相手の人生に与えていることになるのでしょうか。ここまでくればもうわかりますよね。
実は世の中のアゲマンの数はものすごく少ないです。ほとんどはサゲです。ゆえにそもそも出会えるかどうかわかりません。その出会いは縁であり、縁は自分でコントロールできるものではありません。
「出会いは神の御業、別れは人の仕業」です。
そこに神様のテストがあります。簡単に言えば、命を与えることをしているかどうかを常に見られているということです。アゲマンは神様が管理しており、そのテストに合格した人に出会わせてくれます。命を〈与える〉とは〈救う〉とも言えます。周りの人を救えているか、助けているか。少しでも良くしようと思っているか。自分のため、ではないか。そう思った瞬間に奪う側になります。
ちなみにアゲマン、サゲマンと女性を評価することもやめましょう。評価すると自分も評価されます。いちいちアゲだのサゲだの気にしている男にアゲマンはついてくると思いますか?
自分のやるべきことを本気でやる。
それは自分=我〈が〉のためではなくて、
みんなという和〈わ〉のため。
だれかを少しでも良くしたい。目の前の友人を、家族を、同僚を。みんなよくなってもらいたい。そのために、自分がこれをやる。
そういう風に和〈わ〉のために動いている人には、神様は味方します。
そして、そういうときにアゲマンの女性に出会わせてくれます。
アゲマンと付き合いたい!結婚したい!そう思っていることが我〈が〉です。そういう思いも忘れ一生懸命に周りの人を良くしようと動いているとき、女なんて、と肩の力を抜いたときに出会うことでしょう。
(2026.3.2追)
「そういや、渋沢もヤリチンだったくね?」
「光源氏とかもヤリまくってたくね?」
確かにそうかもしれません。
が、それまではそこに「心」があったのだと思います。複数の妻や女がいたとしても、俺が守ったるばい!という心はあったと思います。
最強ナンパ師の宮台〇司先生も、なんかの本で「今と昔とではエロに対する情緒がなくなってきた」とおっしゃっていました()。
ある時から、セケスを遊びでやるようになってきた、と。
すごい人が「ワイの人生ずっとセケスしてました!」なんて言うでしょうか?言わないですよね。
「ずっとエンジンのこと考えてました!」
「ずっとケータイのこと考えてました!」
とか言うはずです。
ここでアゲマンを見分けるポイントの一つ。
「何かに一生懸命になっている人を『かっこいい』と思うのが正しい女性」です。
男が、あなたが、一生懸命に仕事をしていて
女がそこに惚れた、というのが正しいです。
※以上、チン騎士の戯言のように聞こえた方もいるかもしれません。それはそれで大丈夫です。たくせんセケスするのは生物学的には正しいと思います。ただ生まれてきた理由がいい女とたくさんセケスするため、ってのはちとむなしすぎやしませんかねぇ。
あなたは、そんなことのために産まれてきたのか、、、オォン!!
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みんなをよくしたい
その思いで行動していれば、縁があってアゲマンの女性と出会うことができ、さらなる力添えをいただいて夢の実現を加速させることでしょう。
私も、女の誘惑から頭を守り、和のために自分を使っていきます。
非力ながら皆様のことを応援しています。
どうもありがとうございました!

