見出し画像

誰かのことを「誘う」ということ



来月、部署の忘年会をすることになった。


幹事の男の子とその他仲間たちと相談して、
今年は我々の職種だけではなく
いつも一緒に働いてくれている
受付のクラークさんも誘おう!ということに。

今までは同じ職種だけでやってきていたので
受付さんのことを誘うのは初めての試みだ。


で、幹事をしてくれている後輩の男の子が、

「俺、受付さんのこと誘うの怖いから、
〇〇さん(私)誘って来て!」と言うのだ。


だから私が、
もちろんいいよ、じゃあ今から声かけてくるね、
と言うと、

「え?!すげ〜〜!俺、断られるの怖くて
人のこと誘うの苦手なんだよね。
なんでそんな簡単に誘いに行けるの?
なんかもっと、勇気出して行くとかじゃないの?
すごいね…まじですごい…」

と、結構本気トーンで感心されてしまって、
私の方がびっくりしてしまったのだ。

え、怖い??何が???
だって、毎日一緒に働いてる人だよ???
どういうこと????


と、お互いにポカ〜ン状態で
面白かったのだけど。笑


誰かを誘うことに対して「怖い」という気持ちを
ほとんど抱いていない私は、
後輩が私の何にそんなに感動しているのか
さっぱり分からなかったのだ。



私はその後すぐさま受付さんに、

「来月忘年会をやるんですけど、
〇〇さんにもぜひ来ていただきたくて!
もし来にくかったら他の受付さんにも
声かけてみるので、
是非私たちと一緒に飲んでください!」

とお誘いしにいった。

そうしたら、
「私まで誘ってもらえるなんて
ものすごく嬉しいです。
うわあ、誘ってもらえるなんて思ってなかったから
本当に嬉しい!!!
日程を確認してすぐにお返事します!」
と二つ返事で返答をいただいたので、
それをまたすぐさま後輩に報告。

すると、
「〇〇さん(私)ってやっぱすごいっすね。
俺なら怖くて絶対聞けないもん。
そんで受付さんほんとに来てくれそうじゃん。
すごいっすね。やっぱ人徳ですね。」
とまで言われてしまった。(大袈裟で笑う)


そんなようなことがあったので、
私はもしかしたら、誰かのことを
「誘う」ということのハードルが
人よりもかなり低いのかもしれない、
ということに気がついたのだった。



逆にあの後輩は何故、誰かを誘うことを
「怖い」と思ってしまうのだろう?

その気持ちを推測してみると、
そこにはきっと、
「断られたら自分が傷ついてしまう」
という気持ちがあるんだろうと思う。


断られるのが怖いという気持ちも分からんでもない。
でも、誰かに何かを断られることってそもそも、
そんなに恐れるべきことなのだろうか?
そんなに傷つくようなことなのだろうか?



私は誰かに何かを断られて
傷ついたり、ちょっぴり悲しくなったりする、
みたいなことが本当にない。

あー残念だな、とは思うけれど。


なぜなら、その誘いに乗るか乗らないか、
誘いを断るか断らないかというのは
完全に相手の問題であり、
私が決められることじゃないからだ。


馬を水のある場所に
連れて行くところまではできても、
実際に水を飲むかどうかはその馬次第。

それと一緒で、
「誘う」ということは私の行動であるけれども、
そこから先に相手がどう動くかなんて
賭け事と同じようなもので、
運良く日程が合って、
その上で相手が来たいと思ってくれれば
来てくれることになるし、
残念ながら日程が合わなかったり、
相手が行きたくないと思えば来ないことになる。

ただそれだけの話なのだ。


「私が誘ったことによって」、
相手がその会に来たくないと思ったとしても、
それは私にはどうすることもできないし、
結局誰が誘ったってその可能性はあるわけだから
誰が誘ったって同じだろうと思うし。


他人がどう動くかなんて結局のところ
こちらでコントロールできないのだから、
私が誘いたい!と思ったら誘うし、
誘いたくない!と思ったら誘わない、
ただ自分の気持ちにしたがって動くしかない、
というふうにいつも考えている。


私が誰かのことを簡単に誘えてしまうのは
上記のような理由が大半を占めるけれど、

もっと正直に言えば私は、
「私が誘えばみんな喜んでくれる」
という自信も持ち合わせているのだ。笑

私が誘いたい!と思う人というのはつまり、
私と良好な関係を築くことができている人
とほぼ同義であり、
そうなれば一方通行の好意というのはなかなかなくて、
相手も誘われたら嬉しいだろうな、と。


もちろん他人のことなので
本当のところは分からないけれど、
是非この人を誘いたい!と
私が思うような人を誘った場合、
その人が是非行きたいな、と思ってくれる確率は
かなり高いだろうと思う。


仮にもし、
会ったこともない人を誘うことになったとしても、
私が会いたいと思えば誘うし、
会わなくてもいいな、と思えば誘わない。


断られそうだな、みたいなところで、
人のことを誘うかどうかを決めていないのだ。

つまり、
断られる🟰嫌われているとか、
断られる🟰疎ましく思われているとか、
そういう考えは私の頭の中にはない。
だから傷つくこともないのだ。


いや、もちろん、実際には
この方程式が成立する場合だってあるだろう。

でも、だからと言って
そのことを考えたところで何になる?

結局のところ、
相手が自分をどう思うかなんて
自分ではどうしようもないこと。

それはこちら側でクヨクヨ考える問題ではなく、
相手の領域の問題なのだ。


だからこそ、自分が相手を誘いたいかどうか、
一緒に時間を過ごしたいかどうか、
ただそれだけが唯一重要なことなのではないか?
と思うのだ。

幹事の後輩の男の子は、
勝手に人のことを誘って勝手に傷ついて、
そういうことを今まで繰り返して来たから
一生人のことを誘えなくなってしまったのだ。


誘うことによってどう思われるかが気になって、
夜も眠れないタイプだな、さては。


そんなことしてたら、
一生誰とも遊べないよ。笑

そんなこんなで、今日は
「お誘い」をテーマとしたお話でした。


私は普段は常に受け身で、
人のお誘いに乗っていたらいつの間にか
スケジュールがパンパン、みたいな女なのだけれど、
「誘われる」ことだけじゃなくて
「誘う」ことに対しても何の抵抗もないのだな、
ということに気がついた30歳の秋なのでした。

そんなこんなしていたらもうこんな時間だ。
寝なければ!!!


というわけで、おやすみなさい!



いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集