「歳を重ねる」
◇柳に雪折れなし・・・力ではない強さに憧れます
※その、しなやかさは、自分のために…
若き頃のわたしは、負けん気と無駄な正義感で、理不尽には真っ向から突っ込んでいくタイプでした。
それは男尊女卑の世界で「女」というだけで区別されることへの、抗いだったのかもしれません。
例えば、点滅し始めた信号に対して、「走れば間に合う」と確信して息を切らし、渡り切ります。
止まることは、自分のペースを乱される「負け」のように思えて、必死だったのです。
そんな些細なことですら、「勝ち負け」に感じてしまうほど、余裕のなかった過去を、振り返ると切なく感じます。
いまは、点滅が見えたら、止まって、次の青を待ちます。
いかにも「歳を重ねて余裕ができた大人」に見えますが、実のところはもっと切実です。
シンプルに体力が持ちません。
ここで走って心臓をバクバクさせるくらいなら、おとなしく止まっているほうがいいと、体が先に判断を下すようになりました。
怒りや競う気持ちが全て、なくなったわけではありません。
ただ、それらの感情を保つには、体力も気力も必要だと、しみじみと感じる最近。
だから、しなやかなふりをして、その火種をスルーします。
周りから「余裕のある人」に見えていても、
実態は、自分の「芯」と「体力」をこれ以上削らせないための、必死の生存戦略だったりもします。
柳は雪の重みで、自分自身の枝を折られないために、柔らかくしなやかに雪を落とします。
柳のような「しなやかなフリ」を演じることで、争い事に巻き込まれたり、突っ込んでいくこともなくなり、イライラも減りました。
″やりたいことがあるからこそ、
まっいっか、と受け流して生き延びる″
各駅停車での旅や船旅をのんびり楽しむように、ゆっくり、しなやかに…
年齢を重ねたなりの戦い方で目的地を目指していけばいいと感じています。
そんな風に進んでいけたら「歳を重ねる」ことも悪くないと思い始め、
目尻の笑いジワも肯定できそうです。
ほうれい線は許せないままだけど…
涼鈴suzu
