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捨てられない。メルカリも面倒。だから今日も部屋が狭い

私の部屋は、なかなか片付きません。

いえ、片付けようという気持ちはあります。
気持ちは、かなりあります。
ただ、その気持ちに部屋の広さが追いついていないのです。

整理整頓は、もともと得意ではありません。
すっきりした部屋には憧れます。
必要なものだけが置かれていて、床には何もなくて、テーブルの上もきれい。

そういう暮らし、いいなあと思います。

でも現実の私の部屋には、余白よりも「とりあえずここに置いたもの」が多いです。

そして私は、ものを捨てるのが苦手です。

まだ使える。
いつか使うかもしれない。
買った時はけっこう高かった。
人からもらったものだから捨てにくい。
一回しか使っていないから、もったいない。

そう思っているうちに、ものは静かに増えていきます。

別に、ものが勝手に家に入ってくるわけではありません。
買ったのは私です。
もらったのも私です。
使わずにしまい込んだのも私です。

そこは、わかっています。

でも、言わせてください。

部屋が片付かないのは、私のせいではありません。
部屋が狭いせいです。

……と、かなり堂々と言ってみたい気持ちがあります。

私の部屋は駅近で、とても便利です。
仕事に行くにも、買い物に行くにも、外食するにも、ジムに行くにも便利です。

ただし、便利な部屋には弱点があります。

狭いのです。

便利さを取ると、広さが少し犠牲になる。
広さを取ると、駅から遠くなる。
人生は、だいたい何かとの交換でできています。

私の場合、便利さを選んだ結果、ものの置き場所と日々たたかう暮らしになりました。

特に困るのが、「まだ使えるもの」です。

壊れていたら捨てられます。
明らかに不要なら、まだ決断できます。
でも、まだ使えるものは困ります。

まだ使えるのに捨てるなんて、申し訳ない。
ものを大事にしなさいと言われて育った世代だからかもしれません。

今のように、ものを減らして身軽に暮らすとか、ミニマリストとか、そういう価値観は素敵だと思います。
でも私の中には、昭和の「もったいない精神」がしっかり根を張っています。

そうなると、ふと思うのです。

捨てるくらいなら、メルカリに出せばいいのかもしれない。

でも私は、まだメルカリに出したことがありません。
写真を撮って、説明を書いて、値段を決めて、やり取りをして、売れたら梱包して発送する。

考えただけで、ちょっとした仕事です。

もちろん、上手に使っている人はすごいなと思います。
でも私の場合、「メルカリに出すかも」と思っているうちに、その品物がまた部屋の中で待機することになります。

捨てられない。
でも出品するのも大変そう。
そして部屋は狭い。

もう、三すくみです。

片付けの本を読むと、「一年使っていないものは手放しましょう」と書いてあります。
なるほど、と思います。

でも私は思ってしまいます。

一年使っていないけれど、来年使うかもしれない。
捨てた瞬間に必要になるかもしれない。
そうなったら悔しい。

片付け上手な人から見たら、完全に言い訳だと思います。
自分でも、少しそう思います。

でも、こういう見え見えの言い訳をしながら生きている人は、私だけではない気もするのです。

部屋を片付けたい。
でも捨てられない。
すっきり暮らしたい。
でももったいない。
メルカリに出せばいいのかもしれない。
でも、それもなかなか大変そう。

人間は、なかなか欲張りです。

最近は、完璧に片付いた部屋を目指すより、「少しでも気分よく過ごせる場所を増やす」くらいでいいのかなと思うようになりました。

部屋全体を一気に片付けようとすると、途方に暮れます。
でも、テーブルの上だけ。
玄関だけ。
紙袋を三つだけ減らす。

そのくらいなら、できる日もあります。

少しだけ片付くと、やっぱり気持ちはいいです。
空間が少し見えるだけで、息がしやすくなります。

とはいえ、まだまだ私の部屋には、片付けを待っているものたちがたくさんあります。

いつか使うかもしれないもの。
捨てるには惜しいもの。
メルカリに出すかもしれないもの。
そして、たぶんこの先もしばらくそこにいるもの。

でもまあ、焦らずいこうと思います。

もちろん、この部屋が嫌いなわけではありません。

むしろ、今の私にはこの広さがちょうどいいのかもしれないと、最近思うようになりました。

部屋が片付かないのを、部屋の狭さのせいにしている。

それが言い訳だということは、うっすら気づいてい
ます。

でも今日は、その言い訳を大事に抱えながら、まずは目の前のものをひとつだけ片付けてみようと思います。


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