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書記が哲学やるだけ#30 諸子百家の思想-2

問題


解説

(1)誤り管 夷吾(管仲)は,中国春秋時代における斉の政治家であり,桓公に仕えて彼を覇者に押し上げた。管仲の政治思想の中で,『管子』冒頭の「倉廩実ちて礼節を知り,衣食足りて栄辱を知る」という言葉がよく知られており,物質的な豊かさが人々の道徳心や社会秩序に繋がると説いている。

(2)誤り老子は,中国春秋時代の哲学者であり,彼の思想は後に道家の基礎を築いた。『老子』では,人間の営みを抑制し,自然の摂理に従う「無為自然」や,一見役に立たないように見えるものが実は大いに役立つという「無用の用」の概念が示されている。

荘子(紀元前369年頃 - 紀元前286年頃)は,中国戦国時代の思想家で,『荘子』の著者とされ,また道教の始祖の一人とされる。『荘子』では,万物は道の観点から見れば等価であるという「万物斉同」の思想が中心となっている。

(3)正しい楊朱(紀元前370年頃 - 紀元前319年頃)は,中国戦国時代の思想家で,個人主義的な「為我説(自愛説)」を主張し,個人の自由と生命の尊重を説いた。

(4)誤り名家は,古代中国戦国時代に活動した諸子百家の一派であり,主な人物に恵施公孫龍がいる。恵施(紀元前370年頃 - 紀元前310年頃)は,相対主義的な思想家であり,『荘子』天下篇において「歴物十事」として知られる十個の学説が記されている。公孫龍(紀元前310年代頃 - 紀元前250年代頃)は,「白馬非馬説」で知られ,白馬は馬とは異なる概念であると説いた。

(5)正しい縦横家は,諸子百家の一つで,外交の策士として各国を遊説した人物たちを指す。蘇秦(? - 紀元前284年?)は,合従策(諸国が連合して秦に対抗する政策)を推進した。一方で,張儀(? - 紀元前309年)は,秦の宰相として,蘇秦の合従策を連衡策(秦と同盟して生き残りを図る政策)で打ち破り,秦の強大化に大きく寄与した。


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