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書記が哲学やるだけ#33 後漢の思想

問題


解説

(1)正しい『白虎通義』は,後漢の章帝の時代に儒教経典の解釈を議論するために開かれた「白虎観会議」の結果を,班固に命じて整理させた書である。この会議では,儒教の教義に対する統一された解釈が導入され,儒教が国家の基本的な思想体系として定着するきっかけとなった。また,讖緯の書である緯書が経書と同等に扱われるようになった。

(2)正しい許慎(58年? - 147年?)は,後漢時代の儒学者・文字学者であり,最古の部首別漢字字典『説文解字』の作者として知られる。『説文解字』は漢字の形・音・意味を体系的に整理し,後の中国語学研究に多大な影響を与えた。

(3)誤り馬融(79年(建初4年) - 166年(延熹9年))は,中国後漢中期の学者・政治家であり,『三伝異同』などを記した。

鄭玄(127年8月29日(永建2年7月5日) - 200年(建安5年)6月)は,後漢末の儒学者であり,儒教経典『周礼』『儀礼』『礼記』に対する注釈「三礼注」を記し,儒教経典の解釈を統一した。

(4)誤り桓譚は,前漢末から後漢初にかけての政治家・思想家・音楽家であり,『新論』などで讖緯説を批判し,迷信的な儒学に反対した。

王充(建武3年(27年) - 永元9年(97年)頃)は,後漢の文人・思想家であり,非合理な信仰や予言を批判し,合理的な思想を追求する『論衡』を著した。

王符は,後漢の思想家であり,『潜夫論』で時勢を批判し,学問の重要性を説いた。

(5)誤り党錮の禁は,後漢末期に起きた弾圧事件であり,宦官勢力に批判的な清流派士大夫(党人)らを宦官が弾圧した。これにより多くの党人が禁錮刑に処され,後漢の統治は著しく動揺した。こうした政治的混乱により,王朝の権威は失墜し,最終的には黄巾の乱太平道の信者が教祖の張角を指導者として起こした組織的な農民反乱)などを引き起こし,後漢の衰退を招いた。

五斗米道は,張陵が『老子道徳経』を基に創設した道教の一派であり,信者から五斗の米を徴収し,宗教儀式や治療を行うことで広く信仰を集めた。

(6)正しい荀悦(148年 - 209年)は,後漢末の学者であり,前漢の歴史を扱った編年史『漢紀』を編纂した。

仲長統(181年 - 220年)は,後漢末期の思想家であり,十万言に及ぶ大著『昌言』を著し,政治改革の必要性を訴えた。


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