続・ジャルジェ家の婿 7
すっかり風邪も治ったおれは、またリシャールと人脈作り兼外交官見習いを始めた。
一度会った人でも、食事やお茶会、別荘などに呼んでもらって訪問したり、そこで別の客人と知り合ってさらに人脈が広がることもある。
前回の宮廷舞踏会でリシャールが言っていたように、ベルサイユでの知名度を上げ、強力なネットワークを作ることでトレヴィル家とジャルジェ家の発言力を強めなければならない。特におれは平民の従僕上がりとバカにされるので、それを跳ね返すためにも必要だ。
オスカルは再び朝から晩まで外出しているおれに不満を募らせている・・でも、おれの立場を強くしない限り、オスカルや義父上まで誹謗中傷を受けるのだからそこは我慢してもらわないといけない。
今日訪ねる侯爵夫人主催の昼食会は、外国から来ている人が多く呼ばれているそうなので、有意義な訪問になりそうだ。
侯爵夫人のサロン会場にはすでに大勢の客人でごった返していた。
人混みをかき分けながら侯爵夫人のところにたどり着いて、リシャール仕込みの妖艶な態度で挨拶をすると、夫人は
「あなたがスペイン宮廷で貴婦人たちの注目を集めたアンドレ・ド・トレヴィル伯爵ね?」
と優雅におっしゃった。
「はい。今はジャルジェ家に婿入りしました」
「あら、じゃあジャルジェ伯爵なの?」
そういえばそうか。おさらいすると、義父上のレニエ・ド・ジャルジェはジャルジェ将軍で、オスカルはジャルジェ大佐あるいは近衛連隊長で、おれはジャルジェ伯爵。まあ、この3人みんな伯爵ではあるけれどそう区別して呼ばれている。
「はい。まだジャルジェ伯爵と呼ばれるのに慣れておりませんが・・」
「うふふ。ジャルジェ将軍のお眼鏡にかなうくらいですから、将来有望なのでしょうね。あ、そうですわ。ジャルジェ伯爵とトレヴィル伯爵はスペイン外交の専門家でいらっしゃるから、今日は北国の方と交流を深められるのもよろしいのでは?」
「そうですね。新鮮な発見がありそうです」
と言ったのはリシャールである。
侯爵夫人は少し離れたところにいる貴公子を手招きした。人混みの向こうで誰かはわからなかったが、その人物が近づいてくるとおれは反射的にリシャールの後ろに隠れた。
「ジャルジェ伯爵、トレヴィル伯爵、紹介しますわ。スウェーデン出身のフェルゼン伯爵」
フェルゼン! 一番会いたくない奴! 去年、十数年ぶりにベルサイユを訪ねたリシャールはフェルゼンのことを知らないのだった。にこやかに挨拶して握手している。
「こちら、義弟のアンドレです」
リシャール、頼む! それ以上言うな! ・・てわけにはいかないよな・・
「今は近衛連隊長のオスカル・フランソワ・ド・ジャルジェ大佐の婿になって、ジャルジェ伯爵となっていますが・・ほら、アンドレ」
リシャールは背後にいるおれに前に出るよう促した。
フェルゼンの顔が引きつっている。おれも同じだ。とりあえず握手すべきだよな。おれたちはぎこちなく握手した。
「アンドレ、久しぶりだな。ガスコーニュからいつ帰ってきたんだ」
ああ、フェルゼンの辛うじて笑った顔の奥から怒りがにじみ出てきた。
おれが三ヶ月前、と言うのと「あれ、知り合い?」とリシャールが言うのと同時だった。
「ああ、古くからの知り合いだ。おれとオスカルが知り合ったとき、オスカルと一緒にいたから」
「あら、世界は狭いですわね! 久しぶりの再会なら積もる話もおありなのでは?」
侯爵夫人はおれたちふたりに、向こうで一緒に話してこい、という仕草をした。
おれは助けを求めるようにリシャールを見た。一緒に来るわけにはいかないとしても、せめて近くにいてほしい。
フェルゼンは会場の隅の方に行くようおれを促した。
「アンドレ、やっぱりオスカルはお前のことを・・」
フェルゼンはわなないている。
「いや、あのときは本当にそういうんじゃなかったんだ。オスカルはおれのことをきょうだいや友達としか思ってなくて・・」
事実だ。苦しい言い訳に聞こえるだろうけど。
「オスカルはお前の話ばかりしていた。それでお前に決闘を申し込んだら、お前はトカゲを・・トカゲなんか投げる必要なかっただろう?!」
「いや、あのときは武器で戦うわけにもいかず、とっさに目の前にいたトカゲを投げただけだ。お前に恥をかかせようとしたわけじゃない」
「でも、そのせいでおれはオスカルにいつまでも笑われ、屈辱的な破談となったんだ! それなのにお前はいつの間にか貴族の養子となってオスカルと・・」
フェルゼンは怒りでさっきより震えが大きくなっている。確かにおれが抜け駆けしたように見えるよな・・
フェルゼンの怒りがついに爆発した。
「この盗人野郎!!」
そう言っておれの胸ぐらをつかんだ。フェルゼンの大声に周囲がこちらに注目している。リシャールがおれの方へ駆けてくる。
「フェルゼン、お前には申し訳ないと思う・・でもおれとオスカルは・・オスカルはガスコーニュから帰ったおれを愛してると・・」
フェルゼンは殴る代わりにおれを思い切り横へ振り飛ばした。よろけたおれをリシャールが支えた。
「お前のような卑劣な奴は、今に後悔することになるぞ!」
卑劣? おれは頭にきた。
「おれは心の底からオスカルだけを愛してきた! お前とは違って他の女への未練でオスカルを悲しませたりしない。 オスカルがおれを選んだのはそのためだ!」
周囲がざわめきだし、おれはリシャールに引っ張られて会場を出た。
