見出し画像

火遊びレニエ 7

おれが士官学校に帰る時間を考慮して、日曜の晩餐の時間は普通より早い時間になっている。
おれとドミニクは父上、母上とともに食事をして家を出た。
マドレーヌはこの時間は起きているときと寝ているときがあり、今回は後者だった。
おれとドミニクは士官学校へ戻る道を途中まで進んだところで別れた。
おれはこれからクレッソン侯爵夫人に会いに行くからだ。

クレッソン侯爵夫人の屋敷に案内されて部屋に入ると、奥から妖艶な明るい茶色の髪のマダムが現れた。深紅の豪華なドレスを着ていて、羽のついた扇を持っている。首飾りやイヤリングも大ぶりのダイヤがいくつもついていてかなり裕福そうだ。
「初めまして。レニエです」
おれはマダムの手に恭しく接吻した。
「聞きしに勝る美男ね、レニエ」
「恐縮です。クレッソン侯爵夫人」
おれは夫人に手を引かれて部屋の奥へ進んだ。
夫人は棚からバイオリンを取り出すと、何か弾けるかと聞いたので、バッハをたしなみ程度に弾けると答えた。これはウソではない。最近はあまり弾いていないが、子供の時から習っていたのでそれなりにできる。
「あら、ぜひ聞かせてちょうだい」
夫人からバイオリンを受け取って明るめの曲を弾くと夫人は満足げに微笑みながら聞いている。
そう。火遊びでもご婦人にモテるには見た目だけではダメで、何か芸がないといけないのだ。それも剣術や砲術以外に。
1曲弾き終わってキザっぽくお辞儀をすると夫人は拍手した。
「お見事だわ。学校の成績も全科目トップなんですってね」
「ええ、まあ」
「こんなに完璧だなんて、神様も不公平ね。さぞかし女の子にももてるんでしょう?」
おれはニヤリとして答えた。
「それがそうでもないんです。今日も振られたところで」
「あら、そうなの?」
夫人の声には本当に信じられないという響きがある。
「ええ。彼女は私の髪が好きだと言っていつも触っていました。それだけでなく私の腕の中に入りたがって・・それなのに、今日、私の友人と一緒に会ったら、彼に一目惚れしたのか私のことはすっかり無視です」
「まさか。そのご友人はそんなに美男なの?」
「いえ・・彼女曰く、クマさんだそうで・・確かに愛嬌のある顔で親しみやすい男ではありますが・・それにしてもこんなにあっさり振られるとは。二人で過ごしたあの日々は一体何だったのか・・確かに愛があったはずなのに・・」
おれはここで右腕で顔の右半分を隠してうそ泣きをした。
「もう、ご婦人なんて信じられません。彼女は私の髪だけでなく、心ももてあそんでいたんです。あの愛らしい黒い目に偽りがあったなんて・・よよよ・・」
おれは笑いをこらえながら夫人の反応を伺った。
「ふふふ、それはお気の毒に。でも過ぎたことを悔やんでも仕方ないわ。もう忘れなさい」
クレッソン侯爵夫人は笑いながらそう言った。おれの話を真に受けていない。うん、合格だ。ここで大真面目に同情するようなお堅い人は火遊びには向かないので、さっさと終わりにするに限る。
「ああ、お優しいお言葉、胸にしみます・・その温かいお心で慰めていただけますか?」
おれは甘えるように猫なで声で夫人に一歩近づいた。ゲーム開始だ。
「もちろんよ、レニエ。こちらへいらっしゃい」
おれがもう一歩近づくと、夫人はおれを抱きしめた。
「慈悲深いお方だ。クレッソン侯爵夫人」
おれは夫人の胸に顔を埋めてつぶやいた。
「その堅苦しい呼び方はやめましょう。下の名前で呼んでちょうだい」
「ええっと・・」
下の名前は聞いていないので言葉に詰まると、夫人は答えた。
「アデレードよ」
「ああ、慈悲深き、それでいて妖艶なアデレード・・あなたにふさわしい名だ」
こうしておれとクレッソン侯爵夫人ことアデレードとの関係が始まった。

いいなと思ったら応援しよう!