見出し画像

火遊びレニエ 35

次の日曜日、家へ帰って父上と母上に模擬合戦の話をした。
温厚な父上は静かに聞いていたが、母上は興奮して
「フランソワ・ブイエって、あの衛兵隊将軍のブイエの息子でしょ? 嫌みで頑固なヒゲちゃびん親父の! あの一家に負けるんじゃありませんよ! ジャルジェ家の威信を見せつけてやりなさい!」
とまくしたてた。
「母上、一体何かあったのですか?」
おれはそう聞きながら、父上が何か知らないかと思って父上の方に目をやった。
「あの一家、何かにつけて対抗意識を燃やしてくるのよ。宮廷や舞踏会で会ったときにも、あのヒゲちゃびん親父の妻が、私のドレスや宝石はショボいとか言ってきたり。自分も息子も、私やレニエには顔でも頭でも勝てないからそういうとこでしか勝負できないのよ」
おれは真偽を確かめるように父上を見た。
「まあ、確かに愉快な一家ではないな。だから友達づきあいはしてない」
父上はゆったりとした口調でそう言った。温厚な性格だから落ち着いた言い方になるが、思っていることは母上と同じなのだろう。
「私、マダム・ヒゲちゃびん・ブイエと賭けでもしようかしら? こっちが勝ったらあのヒゲちゃびん親父のヒゲを私が剃る。思いっきり変な風に剃ってしばらく外出できないようにしてやるわ! オーホホホ!」
これにはさすがの父上も笑わずにはいられなかったようだ。
「カ、カミーユ、それは不謹慎というか・・悪ふざけにもほどがあるよ・・でも、想像すると・・見てみたいね・・!」
「ええ、私の芸術的センスの見せ所ね。でも、あなたにもアイデアがあるなら参考にするわよ、アルベール」
「プププ・・・か、考えとくよ・・ブハハハハ!」
いつも穏やかで真面目な父上が想像して大笑いしてしまった。こちらが負けることは母上はまったく想定していないようだった。

模擬合戦が行われるのは、士官学校から続く森である。東西に分かれてそれぞれに小屋があり、そこが戦地の司令本部や首都、あるいは宮殿という位置づけになる。つまりここが陥落したら負けということである。
生徒が50人ずつに分かれて、それぞれ将軍から騎兵や歩兵の役になる。安全上の理由から砲術はなしである。
模擬合戦は2日間にわたって実施され、1日目の朝8時から始まり、夜はこの森で過ごす。翌日の夕方6時で終了である。
そして合戦の設定は先生のくじ引きで、「先の合戦でレニエ軍が捕縛したフランソワ軍の捕虜3名を、フランソワ軍が奪還しに来る」という設定で始まることになった。
捕虜役に決まった3名は最初からレニエ軍の陣地に配置されるので、最初から敵兵がこちらの陣地にいることになる。
おれたちレニエ軍は、食堂での作戦会議を開いた。
将校以上の役の生徒たちが10人ほど集まっているテーブルに、会場となっている森の地図が広げてある。
「フランソワ軍が何人の部隊でどこを通って捕虜奪還に来るか、だよな」
参謀役のドミニクが地図の上に棒で線を描きながら言う。
「その前に捕虜はどこに配置する? 司令本部のある小屋の中でなく、離れたところにする?」
副官役のオリヴィエが聞く。
「ここに大きい木があるから、そこを捕虜収容所に見立てて捕虜を木に縛り付けておくのはどう?」
「それなら周辺に監視役を置かなきゃ」
「向こうが捕虜奪還に来る前に、作戦を探るべくスパイを送り込むのはどう?」
「実際の戦争ならできるけど、今回はみんな、顔とどちらの側についてるかわかってるからちょっと無理じゃないか? 斥候を送り込むことにすれば?」
次々と意見が出てくるのをおれは黙って聞いていたが、一通り意見が出尽くしたところで宣言した。
「捕虜はここの大きな木にくくりつける。監視役は第1部隊長に2人選ばせてくれ。1日目の朝始まったら斥候を2人送り込む。大将、斥候を選んで侵入ルートを検討してくれ。フランソワ軍から捕虜奪還部隊が向かってきたらできるだけ少人数で目立たないように対抗し、捕虜を後方奥のこの木まで移送させる。それと同時に騎兵隊と歩兵隊で敵陣の攻撃に出る・・」
おれは地図とみんなの顔に交互に視線を向けながら作戦を伝えた。

いよいよ模擬合戦当日となった。
おれたちは会場の森の両軍の境目に立っている。
まず、担当教諭からルールの説明があり、2日分のパンと水が入った箱と、救急セットの箱がおれとフランソワの横に置かれた。食料と水の管理・支給方法も作戦として重要だ。
「では、今から両軍とも各陣営に分かれて準備するように。30分後にラッパの音がしたら開始だ。いいな?」
「はい」
おれとフランソワは同時に返事をして互いをにらみつけた。模擬合戦は毎年恒例の行事なので今までも参加したことがあるが、上級生たちが主体で下級生はあまり出番はなかった。実際のところ、歩兵隊か騎兵隊の役で正味2時間くらい対戦するだけだったので、剣術や馬術の試合とあまり変わらなかった。しかし、今回は違う。おれのプライドと意地と名誉がかかっている。一時的に成績が落ちたとしてもこの士官学校の最優秀生徒はこのレニエ・ド・ジャルジェだということを皆に証明しなければならない。そのためには決して負けられないのだ。特にアデレードのことから因縁のあるフランソワ・クロード・ド・ブイエには。おれだけでなく、父上と母上、つまりジャルジェ家の名誉もかかっている。

見てろよ、フランソワ。お前の親父のヒゲが整っているのも今のうちだけだからな。
おれは想像して、フッと笑いがこみ上げるのを抑えた。

いいなと思ったら応援しよう!