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ジャルジェ家の婿 51

ピレネーを過ぎても全体的に山がちな国土を進み、首都・マドリードに着いた。
外国に来るのは初めてで、エキゾチックな雰囲気で感慨深い。馬車の中から見ているときでも、
町を歩いているときでもついキョロキョロしてしまう。この景色や雰囲気をしっかり胸に刻みつけて、今度会ったときにオスカルに話してやりたい。
「アンドレ、お上りさんみたいだぞ」
ドドトの父伯爵がおかしそうに笑う。
「実際お上りさんみたいなもんだしね、うふ」
とリシャールが続ける。自分たちは何度も来ているからって憎たらしいことを言う奴だ。
「でもね、ハンサムくん、宮廷ではあまりお上りさんっぽくならないようにね」
リシャールはそう言うけど、宮廷では珍しさと観察しなければという思いでますますキョロキョロしてしまいそうだ。

実際、宮廷舞踏会にやってきたらやはりキョロキョロしてしまった。
現国王のカルロス3世陛下はフランスと同じブルボン朝なので、両国の関係は良好である。フランス宮廷に比べると華やかさも垢抜け具合もそれほどではない。イスラムやポルトガル、バスクといった他文化の影響のせいか、やはりフランスとは違う雰囲気がある。そして、当たり前だがみんなスペイン語でしゃべっている。
考えてみたら、本場のスペイン人とスペイン語を話したことがない。周りの人たちのスペイン語はまあまあ聞き取れるけど、こっちが話すことはどれくらい通じるのか心配になってきた。
そう思っていたら、リシャールがおれの袖を引っ張った。
リシャールの向こうにいる父伯爵が貴婦人に話している。
「フェルナンデス侯爵夫人、こちらが私の養子となったアンドレです」
「あら、初めまして」
侯爵夫人は気品あふれる笑顔を向けられた。よし、ここは聞き取れたぞ。勉強の成果を発揮するときだ。
「エンカンタード・デ・コノセールレ(お目にかかれて光栄です)」
差し出された夫人の手を取って、リシャール師匠の指導通り「今まさに恋に落ちかかっています」という眼差しと表情で手にキスをした。
「ふふふ、立派な貴公子を養子にもらいましたのね、トレヴィル伯爵」
「恐れ入ります」
うちで教育したんですよ、と父伯爵か倅が言うかと思いきや、それは言わなかった。従僕上がりだと知られない方がいいのだろう。
そこへ2曲目の音楽が始まった。リシャールが侯爵夫人をダンスに誘え、と合図している。
「1曲お相手願えますか?」と師匠の指導通りの態度で申し出た。
「もちろんですわ」
今のところスペイン語会話も宮廷マナーもダンスも問題なくできている。ホッとした余裕で周りを見回すとこっちを見ている人が多いような・・気のせいか? 何か噂されている? このフェルナンデス侯爵夫人ってひと癖あるお方なのか? 
そう思いつつも曲が終わるまでは気にせずに踊ることにした。まずはうまく踊ることが肝心だ。
それにしても夫人はなかなか魅力的な方だ。奥様を華やかにした感じか、アントワネット様を地味にした感じか? 明るめのブルネットですらっとした体型で優雅に踊っている。
曲が終わって夫人に挨拶してトレヴィル親子のところに戻るとリシャールが満足そうに言った。
「ハンサムくん、上出来だ! ほら、お前は注目の的だぞ」
リシャールがおれの背後を見るように促す。みんながこっち見ている気がしたのは気のせいではなかったようだ。
「さっきのフェルナンデス侯爵夫人って、何か特別な人だった?」
「スペイン社交界の花と呼ばれているお方だ」
と答えたのは父伯爵の方だった。あはーん、さては父伯爵、ちょっと気があるな。憧れというべきか?
そんな人といきなり踊って注目を集めてしまったってわけか。この後もスマートに振る舞わないと、噂がすぐベルサイユにまで広まるということか。プレッシャーを感じるなあ。
気がつけば遠巻きにこっちを見ていたご婦人方がおれの周りに集まってきていた。餌を手にしているのを嗅ぎつけられ、ヤギに取り囲まれた気分だ。これは順番にダンスを申し込んで踊らないといけないらしい。
リシャールと父伯爵が手分けしてくれて、近くにいるご婦人方と踊り始めたので、おれも目の前にいるご婦人に挨拶して踊る、というのを繰り返した。

ダンスの後は何人かの貴公子とも挨拶してちょっとした世間話をした。ベルサイユから来たと言うだけで、垢抜けた都会人という印象を持たれるらしい。
「マドリードにはいつまでいらっしゃるの? 当家にも遊びにいらしてハート ベルサイユの話など聞きたいですわ」
とは、会話をした貴婦人のほぼすべてに言われた。
「それは光栄です、奥様。でも、ベルサイユの話ができるかどうか・・」
「あら、なぜ? 国家機密を漏らしてほしいとは言いませんわ」
「その情熱の国の眼差しで見つめられると・・私のつたないスペイン語が喉の奥で溶けてしまいそうですから・・」
そう答えて誘惑の眼差しで相手を見る。師匠の指導通りに! ああ、くっさ!
「まあ、おほほ。ベルサイユでもそんな感じですの?」
「さあ・・それは一度ベルサイユへお越しになってお確かめください。でも場所の問題ではなく、あなたに見つめられた男性はみなそうだと思いますよ」
うわぁ。もう言ってて恥ずかしくなってきた。師匠、本当にここまで必要? おれ、この人相手にスパイするわけじゃないんだけど。これフランス語だったら絶対に言えないな。外国語だから、意味が頭でしか理解できないから言えるんだと思う・・ってフランス語でもこういうくさいこと言ったことあったっけ。旦那様と奥様にでまかせを言ったとき! それを思い出しておれはますます恥ずかしくなってきた。リシャール、父伯爵、おれがここで言ったこと、旦那様やオスカルには絶対に言うなよ!
こうしておれのスペイン宮廷デビューは無事に終わった。

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