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火遊びレニエ 15

「ほら、まただ」
ドミニクはおれの方を見ながら、隣にいるオリヴィエに小声で言った。
「昨夜、帰ってきてから、部屋にいるときはずっとピオニーを手に取ってぼんやりしてる」
ドミニクが続けると、オリヴィエも同意した。
「ため息をついたかと思えば、急に笑い出したり・・池に落ちたときに頭でも打ったのかな」
「あるいは、池の水に頭がおかしくなるウィルスがいて、それを飲んでしまったとか・・」
二人とも好き勝手なことを言っているのが耳に入ってくるが、おれは無視している。
ジョルジェット嬢はあの後、再びおれを花壇に連れて行くと、ピンクのピオニーを一枝切っておれに手渡した。この屋敷の大型犬のせいでおれが池に落ちたお詫びと、絵を真剣に見てくれたお礼ということだそうだ。
「このピオニーの花壇は伯母上が作られたものだと伺いましたが、よろしいのですか?」
おれが驚いて聞くと、
「花壇のこちら側は私が植えて管理しているので大丈夫です」
とジョルジェット嬢は微笑んだ。
そうして、士官学校に戻って、花瓶の代わりになるものを適当に見つけて部屋に飾っている。
ピンクのピオニー・・赤いバラほどの華やかさや強烈な印象はないが、ふわりと柔らかく、控えめながらバラに似た香りがする。それでいて儚げではなく、堂々としている。
まるでジョルジェット嬢のようだ・・そう思うとつい、ふふふっと笑いがこみ上げてくる。
先ほど、ジョルジェット嬢の屋敷から借りた着替えを洗濯し、来週の日曜の昼までに焼き菓子を10個作るようマロン・グラッセに伝えるようジャルジェ家に使いを出したところだ。その菓子と洗濯した着替えを持って、礼拝の後、ジョルジェット嬢のところに行く。おれの絵を描いてもらうのだが、最初はどんな感じになるのだろう? まあ、どんなものでも構わないのだが。
「おい、レニエ!」
ドミニクがおれの顔の前で指をはじいた。あの二人の話を聞いていたはずが、いつの間にか聞いていなかった。
「うん?」
「お前、ずっとぼんやりしているけど大丈夫か?」
ドミニクは心配そうにおれの顔をのぞき込む。そこへオリヴィエがからかうように続ける。
「もしかして、あの絵を描いていたマドモアゼルのことを考えてたの?」
おれが反応する前にドミニクが割り込んだ。
「え? それはないだろ? あのご婦人は・・こう言っちゃなんだが、地味で田舎臭かったじゃないか。従僕がいなかったら平民のご婦人かと思ってたぞ。どう見たってレニエの好みじゃない」
これにはオリヴィエも納得したらしい。
「そっか・・そうだよな。あのドレスも、パリやベルサイユであんな地味なのを着ている貴婦人はいないよな。使用人が着ていそうなものだったな」
このふたりの会話があまりにもばかばかしいので、おれはふたりの認識をただすことにした。
「お前たち、あの方は聖母マリアだぞ。聖母マリアが都会的で洗練されていたか? フリルやレースのついた華やかなドレスを着ていたか?」
オリヴィエが真面目に答える。
「うーん、実際に会ったことないからわかんないけど・・宗教画で見る限りでは無地の質素な衣をまとっているよな」
「そうだろう?」
おれが勝ち誇ったように言ったところへドミニクがかぶせる。
「でもあのマドモアゼルは聖母マリアではないぞ。ただの田舎の下級貴族のお嬢さんだ。少し聞こえただけでも、ドイツかロレーヌかs、あっちの方の訛りがあったし。火遊びレニエが恋する相手とは思えんな」
おれは最後の一言に反応した。
「恋?! ドミニク、バカを言うな。おれは信仰に目覚めたんだ。毎週日曜の形だけの礼拝や懺悔を改め真剣に神に向き合うようにと、神があの方を遣わしたのだ。それを忘れないようピオニーの花も与えられて・・」
最後まで言い終わらないうちにオリヴィエが口を挟んだ。
「聖母マリアの花は白百合か白バラだよ」
「そうだぞ、レニエ。あのお嬢さんは人間だ」
ドミニクまで追従した。ああ、もう! どこまでわからない奴らだ!
「ドミニク、オリヴィエ、聖母マリアを象徴するのは白百合か白バラなのはそのとおりだ。でも従来のその象徴では、おれが神と正しく向き合えなかったから、神はピオニーで新たに語りかけてきたのだ」
おれはここで一息入れて続けた。
「こんな迷える子羊も見捨てずに、根気よくあの手この手で道を示してくださる・・おれは今、神の深い愛に感動しているんだ・・」
おれがそこまで言うと、オリヴィエとドミニクの甲高い悲鳴がとどろいた。「ヒエーッ」って、どっからあんな変な声が出るんだ。そして次の瞬間、ふたりが半泣きで口々にまくし立てた。
「レニエ、お前、本当におかしくなっちまったのか? 今すぐ校長室に行って医者を呼んでもらおう!」
「レニエ、頼む、正気に戻って! 生意気で傲慢で勝ち誇ったように笑うのがお前だろ? 神だの愛だの信仰だの、そんな謙虚でしおらしいのはお前じゃない! いい奴にならなくていいから今までどおりでいて!」
ふたりはおれの肩を揺さぶって涙ながらにそう訴えると、おれを立ち上がらせて校長室へ引っ張っていった。 

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