火遊びレニエ 38
あの模擬合戦以来、おれはずっとフランソワの言葉を思い出していた。
「自分の名誉を回復することで頭がいっぱいで判断を誤った」「簡単に食い物とブランケットに釣られた奴らは、お前の作戦に納得してなかった」「指揮官としてのお前についていけなかった」「すべてはお前の無能さのせいだ」
・・考えれば考えるほどそのとおりだった。悔しいがフランソワは何一つ間違ってはいない。あのとき、ことごとくドミニクと意見が対立したが、すべてあいつの方が正しかった。
おれの失策のせいで骨折した子は、あの後病院に運ばれ自宅療養することになった。おれと父上はその子の屋敷に見舞いに行った。幸い、その子も父親もおれたちのことを悪くは思っていないようだった。軍事訓練に怪我はつきものだし、3ヶ月くらいで完治して士官学校に戻れるだろう、と言っていた。
フランソワ以外には誰にも責められも怒られもしないのがスッキリしない。お前は軍人として無能だ、失格だ! と先生や父上に怒鳴られれば納得できるのだろうか? ドミニクやオリヴィエに、だからおれの言うことを聞けば良かったのに。見損なった、と愛想を尽かされればいいのだろうか? 母上に、オムレツではなく、本物のヒゲちゃびんのヒゲを変な風にしたかった、と文句を言われれば受け入れらるのだろうか? いずれにしても、ジョルジェット嬢にはこのことは知られたくない。
「レニエ、この場合にまず考慮すべき点は?」
いきなり先生に当てられた。兵法の時間だった。
「え・・あの・・」
おれはキョロキョロと辺りを見回した。隣のドミニクがおれの教科書を開いて該当箇所を指したが、話の流れがわからないので答えに詰まってしまった。
「それがわかるなら、あんな無様な負け方はしなかったよな!」
フランソワが得意気にそう言うと、教室の半分くらいからドッと笑い声が上がった。今のおれはそれに対して怒りも悔しさもわかない。ただ、気まずい思いでバカみたいに立っているだけだ。
ーーいや、今のおれは本当にバカな落ちこぼれだった。もうすぐ試験だというのに、どの科目も驚くほど理解できなかった。かといってどうすればいいのかもわからず、気がつけばまた模擬合戦のことを思い出してぼんやり考えてしまう。ジョルジェット嬢の絵のモデルをしているときでさえそうだった。
「レニエ様、最近ぼんやりなさってますけど、何かご心配ごとでも?」
とジョルジェット嬢に聞かれてもあいまいに何でもない、と答えるだけだ。
ジョルジェット嬢もそれ以上は詮索せず、淡々とおれの絵を描いていた。
それから2週間後、ジョルジェット嬢がいつものように、ぼんやりしているおれの絵を淡々と描き進めた後で言った。
「レニエ様、もう少しでこの絵も完成します。そうしたら・・私はロレーヌへ帰ろうと思います」
その言葉にさすがのおれも驚いてジョルジェット嬢を見た。
「なぜ・・当分こちらにいると決めたのでは・・?」
ジョルジェット嬢は寂しそうに続けた。
「そうですが・・絵も完成しますし、最近、母の体調もあまり良くないそうなのです。病気というわけではなく加齢による不調だそうですが、私やエドモンがいなくて寂しいのも良くないと医者も言っているのです・・」
おれは何も言えなかったが、心の中で激しく動揺していた。ジョルジェット嬢は努めて明るく前向きに考えようとするかのように少し笑った。
「レニエ様のおかげで、ここでの滞在は楽しく有意義なものになりました。絵にも自信が持てるようになりました。ロレーヌに戻っても、細く長く絵を描いていきますわ。いずれはレニエ様がおっしゃったように、ロレーヌ公国で注目され、オーストリアや東ヨーロッパで人気が出ることを夢見て・・」
おやめください! とおれは叫んだつもりだったが、心の中だけで声にはならなかった。
