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火遊びレニエ 33

秋になった。当初は夏の間だけベルサイユで絵の勉強をすることになっていたジョルジェット嬢は、絵と刺繍作品が売れた実績と収入のおかげで滞在延長が決まった。フルリ先生の追加授業は、先生の希望した日曜午後ではなく、平日になった。おれは士官学校があるので、日曜午後しかジョルジェット嬢のところに行けない。フルリ先生とおれが顔を合わせるのを阻止するため、ジョルジェット嬢が決めたのだ。
その後もおれはジョルジェット嬢の絵のモデルになっている。ジョルジェット嬢は
「レニエ様の内面にあるものが見えてきましたので、特別なポーズは必要ありませんわ」
とうれしそうに言って、普通に座って話をしながら絵を描くようになった。おれの内面にあるものが何かと聞いても、笑ってはぐらかす。内緒にしておいて、ここぞという時が来たら、バンッと突きつけるために取っておく、ということらしい。いずれにせよ、筋肉痛になりそうなポーズを取らなくてもよくなったので助かった。
ジョルジェット嬢はおれと向かい合って座って、話をしながらスケッチブックにおれの絵を描いている。時々顔を上げて目が合うと、うれしそうに笑う・・そうだ。これは気のせいじゃない。確かにうれしそうに笑っている。ジョルジェット嬢もおれのことが好きなんじゃないか? マドレーヌやフルリ先生とのことでやきもちを焼いていたようだし。エドモンに一度聞いてみたら、
「まあ、少なくともお嬢様にとっては、こちらで唯一のご友人ですから・・」
などと言っていた。
まあ、従僕の立場上、無難な答えしかできないだろう。もしジョルジェット嬢からおれのことが好きだと聞いていても、口外しないように言われているはずだ。
そう思うと心が躍る。この世のすべてが美しく見える。重力がなければ羽が生えて天にも舞い上がりそうな気分になる。
ーーそして、ジョルジェット嬢を抱きしめた時、ジョルジェット嬢がおれの手を握った時の、あの感触を思い出して胸が熱くなる。あの柔らかさ、温かさ、かすかなピオニーの香り・・そこまで感覚がよみがえると今度は胸が苦しくなる。これ以上は触れられないのだ。正式に結婚しない限り。でも、その結婚は家柄の違いで絶望的だーーージョルジェット嬢も今は縁談を避けて絵の勉強をしていられるが、それがいつまで続くのか。すでに婚期が過ぎつつあるし、相変わらず伯母上や母上は縁談の心配をしているようだ。おれの方も士官学校を出たら縁談が来るだろう。家柄と身分と当家との関係でだいたい検討はつく。父上の将校クラスの部下の娘か姪か親戚でおれと同世代の人。誰がいるのか知らないが、数人くらい候補者はいるだろう。
恋愛と結婚は別だというのはよくわかる。少しまでまでおれもそう信じていた。しかし、今となってはジョルジェット嬢以外のご婦人との結婚なんて考えたくもない。ジョルジェット嬢がおれ以外の男と結婚するなんてもっと考えたくない。おれはいずれ近衛連隊の将軍職と当家の領主としての責任を負うことになるが、ジョルジェット嬢さえよければ、おれはいつでもそれを捨てようと最近思う。無責任で愚かな放蕩息子としてベルサイユの貴族社会を放逐されてもいい。今おれが持っているもの、これから持つものすべて喜んで放棄しようーーーそんなこと、父上も母上も絶対に許さないだろうが。

寝ても覚めても、最近そんなことばかり考えている。今もそうだ。物理の授業が終わったことにも気づかなかった。オリヴィエに、前回の試験結果が貼り出されたから見に行こう、と言われて我に返ったくらいだ。前回の試験は半分くらいしかできなかった。成績は間違いなく落ちているだろうがどうでもいい。それでも一応見ておくことにした。
物理、数学、化学、剣術、砲術、歴史、文学、地理・・・以前は一番上にあったおれの名前はそこにはなかった。辛うじて剣術で4位、地理で8位のところにあっただけだ。掲示板の前に集まった生徒たちからどよめきが起こった。
「ジャルジェの名前がほとんど消えてる・・」
「レニエは最近、ボーッとしてることが多いからな・・でも、それにしても10位以内に入ったのが2つだけなんて・・」
「ブイエは好調だな。レニエが落ちた代わりに上がったみたいだ」
「ほとんど1位だな。ドミニクも少し順位を上げてるな」
「レニエ・ド・ジャルジェ一強時代の終わりか?」
ドミニクとオリヴィエが心配そうにこっちを見る。
「レニエ、大丈夫なのか? この成績・・」
ドミニクが声をかけてきた。
「うん・・」
「今度、お前のうちに行ったとき、おじさんとおばさんにこのことを聞かれたら何て答えればいいんだ?」
ドミニクはもうそんな心配をしているようだ。
「適当にごまかしておいてくれればいいよ」
おれはボーッとしながら答えた。ドミニクは問い詰めるように聞いた。
「ジョルジェット嬢が原因か?」 
「・・・」
おれは黙った。オリヴィエが代わりに言う。
「どう見たってそうじゃないか。以前から恋煩いが続いてるし」
そこへ、人だかりをかき分けてフランソワ・クロード・ド・ブイエがこっちに来た。
「ふん、落ちぶれたものだな、レニエ・ド・ジャルジェ」
高慢ちきな笑みを浮かべて奴が言う。おれが黙っているとさらに続けた。
「アデレードに振られたのがそんなにショックだったのか?」
おれはフランソワをにらんで言い返した。
「そんなのは気にしてないさ。決闘に負けたくせに何を言ってんだか」
「そっちこそ。決闘に勝っても恋人を失った方が負けだ。いい加減認めろ」
「うるさい。それはもう過去の話だ」
「過去の話でも負けた事実は変わらんさ」
おれはイライラが一気に噴き出した。
「黙れ、フランソワ! 決闘に勝ったのはおれだ! 剣術と博打はおれの方が上だ!」
「ふん、負け犬が!」
「何だと?!」
おれとフランソワが互いにつかみかかろうとしたのを、周りの生徒たちが驚いて見ている。オリヴィエとドミニクは間に入って止めようとするが、おれもフランソワもそれを振り払おうとして周りが騒ぎ出した。
「レニエ、落ち着け!」
「フランソワ、お前もだ! ここで喧嘩はやめろ!」
ドミニクとオリヴィエはそう叫ぶが、周りは「再度決闘か?」「面白いぞ、やれー!」とはやし立てる。
おれとフランソワが喧噪の中でもみ合っていると、ルメー校長とフルニエ副校長が人混みをかき分けてやってきた。
「静まれ、諸君! 教室に戻れ! 今すぐにだ!」
フルニエ副校長が怒っているのがわかると、生徒たちは静かに教室に戻っていった。おれとフランソワはまだ、ドミニクとオリヴィエを挟んでお互いを殴りかかろうとしていた。
フルニエ副校長が間に入っておれたちを突き飛ばして引き離すと、ルメー校長が重々しく命じた。
「レニエ、フランソワ、校長室に来なさい」
おれとフランソワは黙って校長室へ向かった。

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